【第四部】第五十三章 刻印解除
――央都・城内地下牢前――
「とにかく無事でよかった」
「…………」
牢屋の格子越しに少年――カグラが微笑んでくる。どう答えていいかわからず、S―03――クリスは顔を伏せたまま更にそっぽを向いた。
ソフィアの想い人であると同時にカグラは自分と直接戦った敵なのだ。きっと言葉の裏があるに違いない。
「――あら」
カグラが困ったように頬をかく。
「あんたねぇ! わたし達はあんたを助けに来たのよ!? 少しはしおらしくしたらどうなの!?」
「――クレハからまさかそんな台詞が出るなんて……」
黒ドレスの少女――クレハと忍装束の少女――刹那が漫才のような光景を繰り広げる。ふとおかしくなり――
「――――っ」
「そうそう。笑った方が可愛いって」
「ご主人! 今は非常時にゃ!!」
つい吹き出してしまったのをカグラに見られてしまうが、すぐさまカグラは猫耳少女にたしなめられる。
そんな気の抜ける光景を目の当たりにし、クリスは思わず――
◆
「……安心したか。もう大丈夫だ。暴徒化した都民は全員元に戻したし、主犯はそこの刹那――さんが片付けてくれた。もう敵はいない」
目の前で泣き出したS―03――クリスに神楽は『もう大丈夫だ』と言葉を投げ掛ける。クリスは不器用に頷きながら、目元を手で覆い泣き続けた。
「刹那さん、鍵を開けてもらえますか?」
「…………危険」
「まだ油断はできないのよ!? 北都の状況もまだわからないんだから! ――まぁ、ハヤトが向かったから問題ないとは思うけど……」
牢屋の鍵を開けてもらえないか刹那に聞くが、どうやら無理そうだ。仕方無いと諦め、神楽は牢屋の中のクリスに声をかける。
「ちょっとこっちに来てくれ。頭に仕掛けられてる“刻印”を取り除く」
「――刻印?」
意味が分からないというようにクリスは尋ねてくる。――やはり、知らされてはいないようだ。
「脳を破壊する博士の仕掛けだよ。俺にも仕掛けられてた。たぶん、あの施設の研究体全員に仕掛けられてる。実際に発動するまで違和感にすら気付けなかったが、経験した俺ならもう解ける」
「そんなのが……」
驚いたようにクリスが顔を上げて神楽を見つめる。セミロングの金髪にスカイブルーの綺麗な瞳をしていた。目尻には涙の跡が残っている。
「ああ。だから――ほら、早く」
「…………わ、わかった」
クリスは奥の壁から神楽の前の格子まで移動し、神楽に言われるがまま、おでこを差し出した。やはり怖いのか、ギュッと目を閉じている。
「――じゃ、行くぞ」
「――――うん」
神楽も近付き、皆が見守る中、格子の隙間に手を突っ込みクリスの額に触れる。クリスの身体がビクリと震えた。
「――なんか、違う目的な気がするわ」
「しっ! 静かにしてるにゃ」
声を出すクレハを琥珀がたしなめる。集中するため神楽も目を閉じ、<侵食>によりクリスの情報を読み取っていく。そして――
(――――あった)
目的の刻印を見つける。慎重に魔素操作で刻印を取り除いていく。
神楽が目を開くと、クリスのおでこから黒い煙のような魔素が外に流れ出している。しばらくして、煙の流出は止まった。
「よし! 成功だ! ――これでお前はもう自由だよ」
クリスは未だ状況がわからないというように、消えゆく黒い煙をただ見つめるが、やがて目尻を手でぬぐい神楽に微笑む。
「ありがとう」
それは、研究体S―03ではなく、クリスという一人の少女の心からの笑顔だった。




