【第四部】第四十四章 会合②
――“御使いの一族”隠れ里・神盟旅団本部――
『人間と妖獣の交流の場を設けたい』
曹権のこの発言により場が静まり返る。まず口を開いたのは朱雀だった。
「理想論じゃな。先の大戦を忘れた訳ではあるまい? 今こうして余らが同席しておるのは、ひとえに神楽達を信用しているが故。でなければ、ここには来ておらん」
「ああ。先の大戦の爪痕は深い。お互い、そう簡単には割り切れぬだろう」
明確な拒絶だった。白虎も朱雀に同調し、この話はこれまでかと思えたが――
「ふむ。“理想”の何が悪い? “理想なくして革新は無い”と、予はそう考えるがな」
曹権は全く怯まず、尚も理想を説く。苛立たしげに朱雀が声を荒げた。
「其方は先の大戦を実際に経験していないからその様なことが言えるのじゃ! ――死んでいった同胞達に合わす顔が無い」
そう。人間の寿命は短い。三百年前の戦など、曹権は記録や口伝でしか知らないだろう。だが――
朱雀達四神獣は違う。覚えているのだ。忘れたくとも、忘れられないのだ。それは自戒の意味もあるのだろう。朱雀の言葉には“重さ”と“悲痛さ”が伴っていた。
再び場が静まり返り、尚も曹権が口を開こうとした所――
◆
「これもよい機会じゃろうて。――お前達。もう、自分を許してやってもよいのではないか?」
「父上!」
突如、部屋に響き渡る老成した男の声。皆が声のした方を向くと、黄色髪の老人が立っていた。
「気付かなかった……」
隼斗が戦慄したように冷や汗をかきながら老人を見つめる。隠密や気配察知に自信を持つ隼斗をして、老人が声を上げるまで気配を感じ取れなかった。
老人は飄々とした様で車座までゆっくり歩み寄ってくる。その身が放つ存在感は四神獣のそれを大きく越えている。この場にいる誰もが“別格”だと認識した。
曹権や里長をはじめ、この場にいる誰もが立ち上がりその老人――黄龍を迎えた。黄龍は『よいよい』と言う様に手をヒラヒラと振り、皆の緊張を解かせる。
「驚かせてしまったようで済まぬのぅ。心配で立ち聞きしておったのじゃ」
そこまで言うと、黄龍は朱雀達の方に向き直った。
「先の大戦は悲劇じゃった。――じゃが、お前達。此度はどうじゃった? そこにいる人間の少年と協力したからこそ、新たな大戦を未然に防げたのではないか?」
「そ、それはそうじゃが、神楽達は特殊で――」
「人間全体に当てはめるには、神楽は例外過ぎるのだ。親父殿」
黄龍が神楽の方を一瞥し、朱雀達に問いかける。動揺する朱雀に代わり、白虎が後を引き継いだ。青龍と玄武は黙って成り行きを見守っている。
黄龍は朱雀と白虎からの返答を聞くと楽しげに声を上げて笑い出した。
「少年よ――神楽だったか? どのような魔法を使って朱雀や白虎との距離を縮めたのだ? この二人がこれ程人間を信用している。そのことが儂には信じられないくらいじゃよ」
「いえ、特には……ただ、“俺がそうしたいと思ったからそうしてるだけ”です」
神楽が頬をかきながらそう答える。黄龍が嬉しげに頷いた。
「それでいいんじゃ。“そうしたいからそうする”。それだけのことじゃ。上手くいかず衝突することもあろう。だがそれは、人間と妖獣に限った話でもない。人間同士でも、妖獣同士でも起こり得る。肝心なのは、恐れて歩みを止めないことじゃ」
朱雀と白虎が黙り込む。
「昨晩の宴、陰ながら見ていたが、随分楽しそうじゃったな。――どうじゃ? いがみ合うよりも、“楽しく”ないか?」
「まぁ、それは、そうだが……」
「白虎よ。お前らしくもない。昔はやんちゃでいくら叱っても全く懲りず、やりたいようにやっていたじゃろうに」
「いつの話をしてるのだ、親父殿!?」
とある方から大きな笑い声が上がった。
「いいじゃねぇか。なにも気に入らねぇ奴と仲良くしろって話じゃねぇんだ。面倒くさく考えず、気の合う同士でつるみゃいいんだよ」
「そうね。ガイルに一票」
ガイルだった。クレハも続く。隣では、気苦労からかヴィクトリアが額を手でおさえていた。
「どうじゃ? 人間の方がよっぽどわかりやすいぞ?」
「――あぁ、もうわかったのじゃ! 白虎! 其方もそれでよいな!?」
「う、ぅむ……。致し方あるまい」
朱雀がツンとしながらも了承し、白虎も渋々ながら頷いた。
「我も異論はない。元はと言えば、此度の件は我が“奴ら”に遅れを取ったことが原因でもあるからな」
「今回の件はよい契機じゃろうて。歩み寄れるならその方がよいじゃろ」
青龍は今回の件に責任を感じているようで、皆の決定に従うようだ。玄武は前情報通り、融和には抵抗が無さそうだった。
「では決まりだな。人間と妖獣の交流会を定期開催する。仔細は別途話し合えばよかろう。場所は、一先ずここがよいだろうな」
「……こ、この里ですか。一応、隠れ里なのですが……」
曹権が楽しげに笑い、そう締めくくる。ちゃっかりとこの里も巻き込んでおり、その抜け目のなさに里の皆が冷えた視線を曹権に注ぐのだった。




