【第四部】第十五章 離別
ソフィアが精神体となり、神楽を送った世界へと向かう。“門”を開いて先に向かうと――
花畑の上に神楽が立っていた。
「カグラ」
呼ぶと、神楽が振り向き尋ねてくる。
「ここは……どこ?」
◆
――黄昏時。
薄暗闇の中、地平線がオレンジ色に染まっている。足元には花畑が広がり、橙色に発光する広葉樹の葉の光を浴びて、幻想的な光景を生み出していた。
「ここは“別の世界”よ。あたしは“黄昏の世界”って呼んでる」
ソフィアが神楽の目の前に立ち、じっと見つめる。
神楽は呆然としており、どこか目も虚ろだ。記憶を封印されてからまだ間もないのに一気に色々なことがあり、理解が追い付いていないのだろう。
「今はまだわからなくてもいいわ。でも、“元の世界に帰って”落ち着いたら、――あたしのこと、思い出してくれる?」
「君はどうするの?」
ソフィアがふっと笑う。泣きそうな顔で。
「あたしは……そうね。あなたと一緒には行けないから、ここにいようかな。――あそこに戻ったって、あなたがいなきゃ意味ないもの」
「なら僕もここにいるよ」
泣きたいくらい嬉しい申し出だった。でも――
「ここは、カグラには住みにくいと思うな。生身だとね」
魔素濃度が異常に高いのだ。人体には毒だった。ソフィアは袖で目元から溢れ出る雫をぬぐう。
「あたし、待ってるから」
神楽は黙って聞いている。
「あたし、ここで待ってるから、助けに来てくれる?」
そこまで言うと、神楽にも伝わったようだ。はっきりとうなずいた。
今はそれだけで十分だった。もしかしたら、今のこの会話も神楽は覚えていないかもしれない。
(でも、この記憶があれば、あたしは生きていける)
ソフィアは涙をぬぐい笑うと、神楽との間に手を差し出した。
先程と同じ様に、黒い楕円形の穴が開く。
「元いた場所から遠く離れた場所になるけど、そこならあいつらに見つからないから」
神楽は歩き出す。そして、ふとソフィアの方に振り向いた。
「ありがとう」
その言葉にソフィアはまた泣きそうになるが、必死にこらえる。
「行ってきます」
「行ってらっしゃい」
そして、少年は旅立つ。
そして、少女は一人そこに残った。
「――ばいばい」
誰もいなくなった美しい世界で、少女の呟きだけが異界の空に溶けるのだった。




