【第四部】第十三章 力を失った神楽
【新暦1072年】
――和国マスカレイド研究施設――
S―01に敗れ捕獲されていた神楽がマスカレイドの研究施設に移送されてから半年が経過した頃だった。
「カグラ」
「ん?」
研究室から出てきた神楽をソフィアがつかまえる。
「だいじょうぶ?」
「なんてことないさ。あんな奴らに負けない」
全然大丈夫そうには見えなかった。初めてここに来た時――半年前からだいぶやつれており、黒かった髪は、色素が抜けたのか白髪に近い銀髪になってしまっている。
研究室内では、非道な行いが平然と行われている。そして、“価値”が低い程その扱いは悪くなる。
神楽は当初、S―03という、新参としては破格の待遇で迎えられていたが、力を吸い出され、なおかつ新たな力を獲得できない今となっては、ただの“レア素材”に成り下がっていた。
このままではS―03からの降格どころか、“廃棄”もあり得る。ソフィアは気が気じゃなかった。
ソフィアは神楽を連れて、誰もいない中庭に移動した。
◆
「力、得ようと思えば得れるんでしょ?」
「…………」
神楽は黙り込む。それが暗に答えを示していた。
「なら、力を使って? でないと、ほんとに廃棄されちゃ――」
「それはダメだ」
ソフィアが言い終わる前に神楽が否定する。
「この力は“皆との絆”。“信頼で得ている力”だ。皆に迷惑をかけるとわかってて使うわけにはいかない」
そう。そんなことをすれば、神楽と“繋がっている”琥珀や青姫達から力が奪われてしまうかもしれない。
それだけは絶対に嫌だった。
「でも、それじゃ神楽が……」
なおもソフィアが食い下がろうとした時――
「S―03、博士がお呼びだ。すぐ研究室に」
「わかりました」
いつの間にか、白衣を着た研究員が施設から出てこちらに歩いきていた。神楽は呼び出しに応じる。
「行ってくるよ」
おぼつかない足取りで研究室に向かう神楽。
『行かないで!』
とは言えず、ソフィアはただ見送るしかなかった。
◆
【そして数日後】
――研究室内――
ソフィアは研究室に呼ばれ、検査を受けていた。そんな時――
「博士、S―03はもう駄目です。力を吸い出しすぎたせいか、まともな力も残っていません」
「ん~? ああ、それはもう不要です。出涸らしですからね。念のため記憶の消去をし、適当なタイミングで素材部屋にでも送って下さい」
少し離れた場所で、研究員と博士がカグラの“廃棄”話をしているのを聞いてしまった。胸の動悸が激しくなる。
「どうした?」
「い、いえ」
近くの研究員がソフィアの挙動不審さに気が付いたのか声をかけてきて、慌てて返事をする。
気になって先程の研究員の姿を探すと、今まさに研究室を出て行くところだった。
慌てて席を立つ。
「何してるの。まだ検査が途中でしょ」
「ご、ごめんなさい。でも、体調が悪くて――」
ソフィアは何とかして神楽のところに向かいたかった。そして、“逃げてほしかった”。
目の前の研究員がため息をつく。
「君が丁重に扱われてるのは“力があるから”だよ。自分が何でも特別に扱われるなんて思ってるのかい?」
「そんな訳じゃ……」
「いいから座りなさい。それとも……博士を呼ぼうか?」
博士に目を付けられ不興を買ったら、それこそ“培養槽”に入れられて自由の無い“素材”扱いだ。神楽を逃がすこともできなくなる。
「ごめんなさい……」
この時のソフィアには、席に座り直す以外の選択は取れなかった。――だが、それがすぐに後悔を招くことになる。




