【第四部】第六章 仕掛け
――“御使いの一族”隠れ里・春と楓の家――
「――ん、ん…………」
「主様!?」
「ご主人! 起きたにゃ!?」
それまでまったく反応を見せず昏睡していた神楽がほんの少しだけ身動ぎし、声を発する。
近くで看病していた稲姫と、様子を見に来ていた琥珀が神楽に呼び掛けるが、続く反応はない。
「起きたのかえ!?」
「……起床?」
「やっとか」
騒ぎが聞こえたのだろう。青姫とレイン、そしてルーカスも様子を見に来た。春や楓の近づいてくる足音も聞こえる。
そして、皆が見守る中、神楽は――
◆
「ソ……フィ……ア……」
寝言でそれだけ言うと、幸せそうな顔でまた『スースー』と寝息を立てる。
「「「………………」」」
皆の間を微妙な沈黙が支配する。
――すくっ
そんな時、琥珀がおもむろに立ち上がった。神楽に近づいていく。だが、そんな琥珀を皆が慌てて羽交い締めにした。
「ダ、ダメじゃ琥珀!! 気持ちはわかるが、おさえぃ!!」
「離すにゃ青姫ちゃん!! こんなに心配してるのに“他の女”の名前を幸せそうにつぶやくご主人なんて叩き起こすにゃ!!」
「……の、脳がやられたみたいだから危ない!」
「すまんが、勘弁してやってくれ」
皆に引きとめられ、琥珀が『う~っ!!』と涙目でうなる。春と楓も困り顔だ。
「あらあら。またお嫁さん候補かしら?」
「お母さん! 空気読んで!!」
頬に手を当て困ったようにそうこぼす春を楓がとがめる。それを聞いた琥珀がまた暴れ出して皆が必死に止めたのは言うまでもない。
◆
――一方その頃、向こう側では――
「そっか。じゃあ、今俺は脳にダメージを負ってるのか……」
「あんな罠がしかけられてるなんて、私もあの少し前に知ったの。博士とあの子が話してるのが、おぼろげながら聞こえてきて……」
ソフィアの言う“あの子”とは、あの時博士の側にいたS―06のことだろう。しかし――
「あれはS―06の技能なのか?」
「いいえ、違うと思うわ。『施術した刻印を解放する』って言ってたから。おそらく、逃走防止目的でカグラの脳に何らかの仕掛けを施しておいたのよ。それを解放すると脳が破壊される。いかにも博士の取りそうな手口だわ」
ソフィアが苦々しげに言う。でも――
「逃走防止目的なら、俺だけに仕掛けられたとも考えにくい。まさか――」
「ええ。あたしにもあるでしょうね。あたしだけじゃなく、おそらくあそこにいたすべての子に」
最悪だ。あの激痛をソフィアに味わって欲しくない。神楽は思わず唇を噛む。そんな神楽をソフィアが優しく見つめる。
「今あたしは、博士達に連れられて“帝国”に向かってるところだと思うわ」
「テイコク?」
聞いたことの無い国だ。ソフィアがうなずき話を続ける。
「博士達研究員は、東の海を越えた先にある広大な大陸――“ピオニル大陸”の中でも“人界”で一番大きな国――“ヴィシレ帝国”の研究員なのよ」




