【第三部】第九十四章 青龍の封印石
――上空――
「危ないところでした……。皆、無事離陸しましたか?」
「はっ! 逃げ遅れはいません!」
博士の問いにS―06がキビキビと答える。神楽の名を叫ぶ金髪の少女は、薬品を染み込ませた布を口元に当てられ、強引に眠らされていた。少女の眼には涙の筋が残っている。
「何はともあれ、撤退の首尾は上々。――この雪辱は、必ず晴らすとしましょう」
博士の暗い笑い声が夕闇の空に溶ける。S―06は何も言わず、金髪の少女を見つめるだけだった。
◆
――博士とは別の飛行妖獣の上にて――
「な、何とか無事に逃げられたな」
「“青龍の封印石”は無事か?」
「ああ。ここに」
一人の研究員が、箱に丁重にしまった赤く輝く大きな封印石を見せた。他の研究員達が安堵の吐息をもらす。
「よかった……なくしてたら、俺らの命がなかったぞ」
「ほんとにな。あのマッドサイエンティストめ……」
「よせ。聞かれたら殺されるぞ! ――それに、俺達だって、やってることは大差ないだろ……」
研究員達の間に沈黙がおりる。そんな時――
「これか……まったく、危なかったぞ」
「――は?」
見知らぬ声がする。そして、箱を持っていた研究員の手が急に軽くなった。見知らぬ髭面の男が、いつの間にか箱を手に持ち物珍しげに眺めている。
意味がわからず、研究員達が呆然とする。
「流石に高すぎるな。俺は、隼斗やチビスケみたいに飛ぶのは上手くないからな。――おい、高度を下げてくれや」
髭男が何やら要求してきて、ようやく研究員達はハッとして身構えた。
「て、敵っ!?」
「ぶ、武器は……!?」
焦って身の回りを手探りで探す男達に、髭面の男――ルーカスはため息で返す。
「どうせこのまま青龍の封印石を奪われても殺されるんだろ? なら、このままこっちに来るか? 色々聞かせてもらうかもしれんが、命までは取られないだろ」
ルーカスが交渉を持ちかけるも、研究員の一人が刃物を抜いて襲いかかってきた。そして――
「――う、うわぁぁっ……!!」
男はルーカスに蹴り落とされた。この高さだ。ただの研究員が助かる訳がない。残りの研究員達がお互いに顔を見合わせ、ため息をついた。
「よしよし、お利口だ。――じゃ、戻ろうか」
ルーカスの指示に従い、研究員達は飛行妖獣を操り発着場へと戻っていった。
それに後から気付いた博士が発狂したのは言うまでもない。
◆
――そうして、青龍が攫わられたことに端を発する此度の戦乱は、青龍の奪還をもって終わりを迎える。
マスカレイドにより戦乱を引き起こされ多数の犠牲を出しつつも、すんでのところで全面衝突は回避されるのだった。
その陰に神楽達の働きが大きかったことを知る者は少ない。
だが、四神獣をはじめとする妖獣達は、この件を契機に、確かに神楽達を“友”と認め、人との今後のありようを再考するようになる。
小さな一歩でも、確かな“足跡”を彼らはこの中つ国大陸の歴史に刻むのだった。
【第三部・完】




