【第三部】第九十一章 穏やかな笑み
――Aブロック・出口付近――
「――――う、うぅっ……」
全身が痛む。バラバラになりそうだ。狐の神獣を攻撃してからというもの、目の前の少年の攻撃は苛烈を極めた。
全身にオーラのようなものを纏うと、今までの比じゃない強度で攻撃を見舞ってくる。――何度も何度も。
薬物により強化されたこの身体でもどうしようもないくらいの痛みを覚える。
十八番の爆発が効かない。どうやっているのか、少年らの周囲では爆発させられないのだ。
強力な力だけに<爆発>に頼り過ぎたツケがまわってきたのだろう。他の攻撃手段で現状を打破できるものは思い付かなかった。
S―03は途絶えそうな意識の中、なぜこうなったか――自分が惨めな敗北を喫したかを知りたく、歩いて向かってくる目の前の少年にこうたずねた。
◆
「な、んで……あなたは、ようじゅうの……ちからが……つかえる?」
疲労困憊の回らない舌をなんとか動かして少年に聞く。少年は歩みを止めない。S―03の問いにも答えず、止めを刺しにくる。
S―03はぼんやりする頭で考えていた。少年はS―03が見たことのある技――<闘気解放>を使いこなしていた。あれは妖獣の技だ。
それだけじゃない。自分の<爆発>を無効化したのは、あの狐の神獣の技だろう。あちらの方が精度や威力が上だった。
そこまで考えると、S―03は一つの可能性にたどり着いた。ハッとして目を見開く。
「そういう、こと……。あなた、わたしの、まえの……S―03ね?」
「もういい。黙れ。お前はもう終わりだ」
少年――神楽がS―03の元にたどり着くと、S―03の肩に手を置いた。
――ドクン
「――――ぁっ……、そふぃあが、まってる」
ふと、神楽が<侵食>の力の流入を止めた。思わず、S―03――少女の顔を見る。
割れた仮面の下。少女は笑っていた。穏やかに。そして――
「ずっと、とじこめられて……かわいそう、だから……たすけて、あげて?」
「お、おい! お前は何を知ってる!?」
少女は気を失ったのか、いくら揺すっても目を覚まさない。
「主様……」
気まずそうに稲姫とピノが近くに来ていた。
「――行こう」
それだけ言うと、神楽は立ち上がった。何かを思い出せそうで痛む頭を押さえながら。
少女に最後まで<侵食>を使うことはできなかった。最後の穏やかな笑みは、罠には見えなかった。あの言葉の意味を聞くまでは、自我を奪えない。――いや、聞いたところでもう出来そうにない。
――この少女も彼女を大切に思っていることを知ってしまったから。
甘さが身を滅ぼすと痛い程知りつつも、神楽はどうしても少女を殺す気にはなれなかった。




