【第三部】第八十九章 <気功破壊>
――研究施設内・Aブロック・入口付近――
――バキッ!!
――ゴガッ!!
およそ肉体が出す音とは思えない、重厚な殴打による打撃音が幾度も響き渡る。
S―04は今や、腕だけでなく全身を水色の鱗で覆い、その造形も変わっていた。――龍に近づくが如く。
――<龍化>
S―04が獲得した異能だった。人間の素体に龍の因子が組み込まれたデザインヒューマン。
数々の失敗作が生み出されつつも、限定的に龍の力を行使できるようになった個体。それこそがS―04だった。
琥珀の見立て通り、龍の因子には、蛟から抽出されたものが使われていた。
力の暴走を抑えるため、S―04から極力自我は排されている。敵を排除する手段として龍の力を用いるよう戦闘コマンドはインプットされているが、余計な感情は持たないように“調整”されていた。
言葉も必要ない。ただ指示された敵を倒す。それこそがS―04の存在価値と定められていた。
感情など不要。そう切り捨てられ、ただの殺戮マシーンとして調整されている。そのはず、だったのだが――
◆
「――――ひっ」
S―04の口から、幾度目になるだろうか、情けない悲鳴が漏れ出した。目の前の怒り狂った琥珀に、生存本能から恐怖を感じているのだ。
今までは、<龍化>まですればどんな敵も労せず倒せた。だが、今目の前にいる敵は違う。むしろ、力がどんどん増してこちらを襲ってくる。
龍化した部位に生半可な攻撃は通じない。龍化以前は、簡易化した肉体硬化をしていたが、今は全力の<龍化>だ。弱点だった関節にすら攻撃は通らない。――はずだった。
だが、実際は――
――ズキンッ!
「――――っ!!!?」
殴打によるダメージは龍化の硬い皮膚で軽減出来ている。だが、体内を鈍い痛みが駆け巡る。そして、鈍痛は続き、攻撃を受け止める度にその程度は酷くなる。どれ程強度を上げてもお構いなしに痛みは襲ってくる。
――<気功破壊>
怒り狂い、<闘気解放>の練度が極大に高まることで、琥珀は更なる技能を獲得していた。己が練り上げ身体に纏う莫大な闘気を相手に送り込み爆発させる。
気は、使い方によって“薬”にも“毒”にもなる。
<肉体活性>などは“薬”だ。極めれば、身体の持つ機能を高め、急速に自身の身体を復元する<自己再生>すら可能にする。
それに対し、<気功破壊>。これは“毒”だった。暴力とも呼べる程の莫大な闘気を強制的に相手に流し込み爆発させる。相手の気はぐちゃぐちゃに乱され、内臓へのダメージとなる。
「――――っぁ!!」
S―04がその場に両膝をつき、自身の身体を両腕で抱き締めた。荒れ狂う体内の気をおさめようとするかのように。だが、口からは吐血が止まらず、内臓の痛みは加速する。
琥珀や猛鋭のように気を扱えれば多少は違ったかもしれない。しかし、S―04の龍化は、龍の強靭な肉体を再現するだけで、気には通じていなかった。
琥珀がS―04の両腕の隙間からみぞおちに拳をめり込ませる。
S―04は身体を何度かビクンビクンと痙攣させた後、やがて動かなくなった。
後には、天井を仰ぎながら息を切らし闘気解放を解除する琥珀と、琥珀の威容にのまれ、近くで見守るしかなかった猛鋭だけが静かに佇んでいた。




