【第三部】第八十八章 脱脳筋?
――研究施設内・Aブロック・入口付近――
――ガキンッ!
またも硬質な音を響かせ攻撃が弾かれる。蹴りを見舞った琥珀がクルリと後方転回しながら猛鋭の近くに着地した。
「むぅ……硬いにゃあ」
「アレが奴の技能なのでしょう。やっかいですね」
猛鋭の言う通りなのだろう。<闘気解放>状態での攻撃を無傷で弾かれるなど、そうそうあることではない。相手も<闘気解放>して肉体のステージを同レベルにまで引き上げているか、それとも何らかの別の手段を用いているか。
S―04に纏うオーラは視認されないため、後者しかない。これ程硬い敵に遭遇したことがない琥珀にとって、ソレはやっかいに違いなかった。今までは<闘気解放>さえすれば、大抵の敵は片付けられたのだから。
S―04は何も言葉を発しない。ここに現れてから一言もだ。話せないのか話さないのかはわからない。ただ琥珀と猛鋭を敵と見定め襲ってくる。さながら“狂戦士”のようだった。
だが、理性はある。琥珀や猛鋭の連携にも動じることなく、いずれの攻撃にも適切に対応している。時には回避も織り交ぜていた。
――回避?
そうだ。確かに、一部の攻撃は受け止めずにかわしていた。あれは、どんな時だったか?
前に西の山中で猛鋭達に馬車を追いかけまわされた時、思わず稲姫から『猫科は脳筋』という不名誉なレッテルを貼られたが、その実琥珀は脳筋だった。
大抵の敵は、その驚異的なまでの高い身体能力で圧倒できるため、『力さえあればいい。足りなければ、さらなる力を!』という、典型的な脳筋思想を持っていた。
だが今、力がそのままでは通じない状況に追い込まれ、琥珀は頭をフル回転させる。今までの戦いに何か突破口は無いか。
――そして、見出した。
「猛鋭! “関節”にゃ!! あいつ、膝の裏とか、関節への攻撃は避けてたにゃ!!」
「――た、確かにっ!! 琥珀殿、冴えてますなっ!」
猛鋭は妖虎の中では知的な方ではあるが、根っこは琥珀同様脳筋だった。琥珀の発想を絶賛している。
褒められて悪い気はしない琥珀は『ふふん!』と胸を張ると、猛鋭と連携してS―04に攻撃をしかけ始めた。
「にゃにゃにゃあっ!!」
上段――と見せかけての膝裏。肩――と見せかけての肘裏。フェイントを混ぜつつ、実にいやらしく関節を攻め続けた。やがて――
――バキッ!
今までとは違う確かな手応えと生々しい音を立ててS―04が吹っ飛んだ。間もなく壁に激突し、建物を揺らす。壁にヒビも入っていた。
『狙い通り!』とご機嫌にS―04に歩み寄る琥珀。S―04は壁に張り付けられ、ズルズルと地面にずり落ちている。もう戦闘継続は不可能に思えた。だが――
「――琥珀殿っ!! 離れてください!!」
「――っ!!」
猛鋭が感じた通り、琥珀も目の前のS―04から異様さを感じ、すぐさまバックステップで距離を取る。
琥珀が数瞬前までいた位置を、巨大で鋭利なものが通過した。もう少し遅れていたら直撃していたことだろう。
S―04が起き上がる。ただ、その身体は――
右腕が人のものではなくなっていた。鋭利な鉤爪を持ち、水色の鱗を表皮にびっしり生やした巨大な腕だった。
琥珀はソレを見たことがある。
「まるで、“蛟”だにゃあ……」
そう。和国でこいつらマスカレイドに連れ去られた仲間――“水神”蛟の腕とそっくりだったのだ。サイズは圧倒的に蛟の方が大きいが、造形はそっくりだった。
琥珀の身体から凄まじいオーラが立ち上る。今までの比では無いレベルでの<闘気解放>だった。
「琥珀殿! 冷静に行きましょう!!」
「ごめんにゃ、猛鋭。――ちょっと怒りを抑えきれないにゃ」
蛟が何かをされたのは明白。目の前にその証拠を突きつけられ、琥珀の瞳に途方も無い程の殺意が宿る。
その金眼に射すくめられ、立ち上がったS―04が思わず後ずさった。
だが、背後は壁。闘うしかない。
S―04は意を決して目の前の琥珀に突撃した。
――こうして、S―04と琥珀の死闘が始まるのだった。




