【第三部】第七十五章 黄龍の力
――南東の森林地帯――
蛟の口から、水色に輝くレーザーの如き超高圧水流が発射された。狙い違わず朱雀へと向かう。
朱雀は未だ重力の檻と氷の束縛から脱しておらず、回避も防御もままならぬまま、ソレを受けるしかなかった。
――そう。受けるしかないはずだった。
◆
朱雀は覚悟を決めて蛟の放つ水流を見据えていたが――
それが忽然と“消失した”。
いや、確かに水流は発射されたのだ。朱雀はしかとその目で見た。だが、朱雀に届く前に、全て何も無かったかのように消え失せた。
そして、懐かしい気配を上空に感じる。
目の前の蛟が見上げる方に朱雀も顔を向けてみた。
◆
ソレは黄色の龍だった。その体躯は青龍より大きく、纏う覇気は生き物悉くを怯えさせる程凄まじい。
黄色の龍は蛟が<荒天招来>で発生させている豪雨や突風をものともせず、ただ上空にたゆたっていた。
「何だアレは……」
S―05は呆然と黄龍を見上げる。
――格が違う。敵うわけがない。
今朱雀を抑え込んでいるのもやっとなのだ。蛟やS―07の助けが無ければ、それすら叶いもしなかっただろう。
それなのに、こんな化物が現れては――
S―05はこの場の判断を求め、S―07の方を見た。
◆
S―07もS―05と同じ感想を持っていた。人が抗える存在ではないと。
震える手を抑え込むのでやっとだ。生物としての生存本能が『逃げろ』と告げている。だが、今朱雀を自由にする訳にもいかない。どうすれば――
S―07がそんな逡巡をしてる間にも事態は動く。“結末”が、黄龍の方から一方的に与えられた。
◆
黄龍の手には球状の“石”が握られていた。今、その石が水色に煌々と輝いている。そして黄龍は視線を巡らせると、その石から“二筋の水流”を迸らせた。
水流は、避ける間もなくS―07とS―05に直撃し、直ちに戦闘不能に陥らせた。
二人の仮面の者が宙に舞い、やがて地表に落下し動かなくなる。
朱雀を拘束していた重力の檻と氷の束縛が途端に解除された。
残るは蛟のみ。蛟は黄龍に攻撃をしかけようと幾つもの水刃を造り出したが――
発射前に全てかき消える。――いや、正確には“黄龍が手に持つ石”に取り込まれた。一瞬のことで、かき消えたようにしか見えなかったのだ。
そして黄龍は、反対側の手に持つ、もう一つの石を蛟に向けた。すると――
蛟から赤い何かが溢れ出し、黄龍の持つ石へと吸い込まれた。たったそれだけのことだ。だが、それにより蛟は意識を失ったのか、その場に崩れ落ちるのだった。
蛟が倒れたことにより地響きが起き、<荒天招来>が解除される。積乱雲は消え失せ、暖かな陽射しが雲の切れ間から幾筋も注ぎ込んできた。
指揮系統を失った残党は脆かった。あっという間に、力を取り戻した朱雀の眷属達が無力化した。
こうして、朱雀がほとんど何もしないまま、事態は朱雀達に取って最良の結末を迎えたのだった。




