【第三部】第七十四章 絶対絶命
――南東の森林地帯――
封印石から出した水色の龍――蛟と、朱雀の激しい戦いが目の前で繰り広げられていた。
空高く高度を取る朱雀に対し、S―07とS―05は有効な攻撃手段を持ち合わせていなかった。だが、隙を見逃すまいと、二人は常に戦闘の成り行きを見守っていた。
そして、ついに状況が動いた。蛟が鎌首を天空に向け咆哮を上げると、たちまち巨大な積乱雲が森林上空を覆い、土砂降りの雨が降り出した。
――“水神”蛟の固有技能、<荒天招来>であり、辺りに豪雨が降りしきり、突風が吹きすさんだ。
これにより、朱雀の眷属達は空を飛ぶこともままならず、地表近くでの戦いを余儀なくされていた。朱雀の眷属達が使う炎も豪雨や突風で抑え込まれ、情勢はこちらが優勢となった。
そして、それに焦った朱雀が大技で一気に勝負を決めるため、距離を詰めてきた。朱雀の目の前に巨大な炎が急速形成されつつある。
だが、これこそがS―07とS―05の待ち望んだ好機だった。『この距離なら届く』。二人は即座に自分達の持つ技能を行使し、朱雀に攻撃をしかけるのだった。
◆
――<重力操作>
S―05の十八番である。これは、任意の空間の重力を操作する。あまりに距離が離れている場所への干渉はできないが、今くらいに距離が縮まっていれば、なんとか届く。
黒の半透明な半球状ドーム空間が朱雀を中心に形成され、朱雀を強引に地表に引きずり下ろした。
◆
(――くっ! “奴ら”か!!)
あと少しで豪火球を蛟に撃ち込めるところだったのを邪魔されただけでなく、強引に地表に下ろされた。
朱雀の身体に通常の何倍もの重力がかかり、空を飛ぶのもままならない。朱雀は激しく舌打ちした。
神楽から聞いていた、青龍を捕らえた奴の力は“封印”だったはず。ならば、この術を使っているのは別者か。
仮面をつけた者はもう一人いたはず。その者の力も分からない。何にせよ、今すぐここから脱出する必要があった。
朱雀は急ぎ周囲を確認し、この術を行使している者の居場所を特定した。そこに豪火球を叩き込むため、全力を振り絞り、自身の目の前に巨大な炎球を急速形成した。
――だが、時は既に遅かった。
◆
「――っ!!」
朱雀が気付いた時には既に遅かった。地面から冷気が押し寄せ、着地している朱雀の両脚が凍った。徐々に上半身まで蝕んでいく。
朱雀が術者を探ると、やはりもう一人の仮面をつけた者だった。重力使いとはちょうど反対方向にいる。
◆
――<冷気操作>
これは、S―07の十八番だった。その名の通り、冷気を操作することで、あらゆる物を氷漬けにする。
その気になれば氷柱を造り出し遠隔攻撃も可能だが、S―07の出力では、距離を取られたら朱雀への有効打は望めなかった。
だが、今こうしているように、距離を詰めさえすればやりようはある。
S―05の重力操作も合わさり、朱雀の拘束は完璧と言えた。
何故、直接的な攻撃手段である氷柱にしなかったか。理由は二つある。
一つは、S―05の重力空間では質量を持った飛来物が地に落とされてしまうからだ。そして、もう一人の理由は――
◆
朱雀は重力と氷結に拘束され、どうしようもなく焦っていた。
(くっ! かくなる上は、下半身を捨ててでも――!)
凍った両脚の切除も考慮に入れたが、それより先に敵に動きがあった。
先程まで戦っていた蛟だ。朱雀は仮面の奴らの相手に追われていたが、一番の強敵である蛟がフリーだった。
朱雀が気付いた時には、もう遅かった。蛟の口元に、水色に煌々と輝く光が集中していた。
朱雀の豪火球と同種のもの――一点に凝縮した威力重視の技だろう。もう、今すぐにでも発射しそうだ。今の状態では防御も回避もままならない。
(青龍。白虎。玄武。済まぬ、先に逝く。――ピノ。神楽達と健やかにな)
朱雀は己の死を悟り、心の中で謝罪した。最期に思い出されるのは、ピノの笑顔だった。――あぁ。楽しかったんだな、自分はと、今際の際に少しだけ微笑むことができた。
そして、蛟から水色の光線が発射された。




