【第三部】第六十八章 去る黄龍
――央都――
巨大な黄色の龍が都内に突如出現したとあって、都内は大混乱に陥った。
親と離れ泣き叫ぶ子供。逃げるために駆ける男に蹴飛ばされてしまう老人。腰を抜かして立ち上がれない兵士。
その龍には、たったの一体で人間達を絶望させるだけの威容が備わっていた。
「ゆ、弓をかめぇよ!」
『弓を構えよ』と言いたかったのだろう。兵士を従えた隊長は情けなく舌をかみながらも、部下達にその龍と戦うよう促した。
恐怖のあまり震える手で龍に向け弓を構える兵士達。龍の方はこちらを見もせず、東を見て、次に南を見て、最後に西を見ていた。
そしておもむろに上昇すると、都内の人間達の混乱を一顧だにせず、南へと飛び去って行った。
震える手で弓を引き絞ったまま呆然とする兵士達。まわりの民衆から「あ、危ないから早くしまってくれ!」と言われ、慌てて構えを解き矢を矢筒にしまうのだった。
「きょ、驚異は去った! 私は上に報告に行く! お前達は都内の巡回に戻れ!」
気を取り直した隊長から指示が下された。『まだ妖獣が都内にいるのかもしれないのに、自分だけ報告で抜けるなんて虫が良すぎる!』との隊員達の不満はすんでのところで飲み込まれる。
「で、では各自、しっかり働くように!」
それだけ言い残し、隊長は急ぎ足でその場を後にした。
◆
――城内・作戦会議室――
「あ、あれは何だったのだ!?」
「なぜ都内から出た!? 警備を怠ったのではあるまいな!?」
報告に通された隊長は作戦会議室内の騒乱に巻き込まれた。(あ、こっちが外れかぁ……)という落胆は、隊長の心中にため息と共にとどめられた。
「まずは話を聞こうじゃないか。――君の見たものを教えてくれ」
「――は、はっ! 南にある王族の私有地にて、巨大な黄色の龍が地面から出現! こちらの混乱を一顧だにせず、南へと飛び去って行きました!」
「貴様! 陛下があの化物をかくまっていたと申すか!?」
作戦会議室内が急激に殺気立つ。ありのままを話したのになんで!? と隊長が泣きたくなったところ、それまで話を聞いて考え込んでいた兵部尚書が顔を上げ聞いてくる。
「王族の私有地から。それは確かなんだね?」
「は、はい。間違いありません!」
「その者の言う通りだ。あれは“伝説”にうたわれている“黄龍”だろう。予も見るのは初めてだ。既に滅んだと伝わっていたのだがな……」
「陛下!」
部屋の入り口に、いつの間にか国王曹権がお供を二人連れて現れた。作戦会議室内の皆がその場に跪く。
「アレを見て混乱しているだろうと思い来たのだ。驚いたであろう?」
「ええ。それはもう。――陛下。あの龍のこと、お話頂けますか?」
「うむ。そのために来たのだ。皆、席につけ。腰を落ち着けて話そうではないか」
そうして、曹権は黄龍について自身の知り得る情報を皆に語り聞かせるのだった。




