【第三部】第六十六章 東都戦⑤
――東都広場――
――グオォォォッ……!
突如、巨大な咆哮が東都内に轟いた。戦慄し声の方角を振り向いたヴィクトリアは“ソレ”を見る。
今は撤退した青嵐よりも更に巨大な龍だった。ソレは東都外東側の街道上で、宙に浮きながらその威容を誇っている。
身体は黄色い。青龍のそれとは違う。ヴィクトリアは青龍達“四神獣”に会ったことはないが、この龍は特に“別格”だと直感した。
「何よこれ……こんなのに敵う訳無いじゃない」
思わずこぼしてしまった弱音を他のギルドメンバーに聞かれなかったのは幸いだっただろう。しかし、もし聞かれていたとして誰が責められようか。
人間の中でも最上位グループに属していると言っていい戦闘能力を持つヴィクトリアをして、力の差に震えてしまう程の相手だ。龍がその身に纏う覇気からして恐ろしい。
「青龍? 青い龍じゃないの? 何なのよアレは……」
ヴィクトリアは呆然と独り言ちる。普段から副ギルドマスター兼参謀として毅然とした態度を崩さない彼女を知る者からしたら、明日槍が降ってくると言われた方が信じられるくらいの出来事だった。
――もう終わりだ。あんなのが攻めてきたら抗いようがない。
ヴィクトリアは直ちにギルド総員に撤退指示を出そうとした。ちょうどその時――
◆
――東都広場・外縁部――
「おい! アレは何だ!?」
「バカな……“黄龍”様だと? 何故ここに? ――それに、何故“撤退命令”を?」
焦り問い詰めるガイルを無視して剛乱が呆然と巨大な龍を見上げている。ガイルは焦れた。なおも剛乱に言い募る。
「おい! 『コウリュウ』って何だ!? あの“化物”は何だ!?」
その瞬間、剛乱の豪爪が空を切り裂いた。ガイルが真空波に斬り刻まれる。
「がぁっ……!!」
「“俺達の主”を“化物”呼ばわりとはいい度胸だな、人間。今すぐ殺してやりたいが、命令は絶対だ。――じゃあな」
それだけ言い残すと剛乱はその場を後にした。猛然と駆けて黄龍のいる方――東都外東側に駆けていく。
「ま、待て……!」
ガイルは受けた裂傷の治癒もままならず、剛乱の背に腕を差し伸ばすことしかできなかった。
◆
――守護長城上――
「妖獣達が帰っていく……」
クレハを介抱しながらリリカはその光景を呆然と眺めていた。東都内に入り込み戦っていた妖獣達が脇目も振らず我先にと都外東に出ていく。人間側は黄龍の威容におののいているのか、絶好の追撃機会を呆然と眺めていた。
「リリカ……あれ、なぁに……?」
「クレハさん! 良かった!」
目を覚ましたクレハは、未だ覚醒しきっていないボーッとした瞳で黄龍を眺めていた。リリカはそれには答えず、クレハを泣きながら抱きしめた。
「痛いよリリカ……」
「痛みを感じるのは生きている証拠です!」
ここに医療関係者がいたら怒鳴られそうなセリフだが、クレハはそんなリリカにふっと笑みをこぼすと、何も言わずそのまま抱かれ続けるのだった。




