【第三部】第六十四章 東都戦③
――東都広場――
「――はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
息も絶え絶えに大鎌の峰部分を地につけ身体を支える。辺り一面が真っ赤に染まっている。血だけではない。斬り飛ばした妖獣の身体がバラバラに散乱していた。漂ってくる血や臓物の匂いが甚だ不快だ。
クレハも今や満身創痍だった。所々ドレスは斬り裂かれ、肉が抉れ血も流れている。ドレスは敵の返り血と自身の血で真っ赤だった。
殺した妖獣の数を数えるのは途中でやめた。キリがなく、気が滅入りそうに思えたからだ。武技による肉体強化をしていても疲労はたまる。クレハは呼吸を整えつつ、顔を上げ周囲に視線を巡らせた。
地獄があるとすればこんな様相を言うのではないか。実戦慣れしているクレハをしてそう思わせる光景がそこに広がっていた。
広場には人間、妖獣共におびただしい数の骸が地に転がっている。自分のまわりは今や静かだ。襲い来る者達はあらかた片付け終えていた。少し離れた所からは未だ戦闘音や叫び声が鳴り響いている。
クレハはフラフラになりながらも、音鳴る方に歩いて行った。
◆
「あらあら。クレハ、大丈夫なの!?」
「クレハさん! 大丈夫ですか!?」
「――ヴィクトリア……リリカ」
歩いているところを背後から呼び掛けられる。クレハが振り返ると、よく見知った二人がそこにいた。
その二人――ヴィクトリアとリリカは驚いたようにクレハを見ていた。仲間を見つけてクレハの緊張がふっと緩まる。力が抜けてクレハの身体が横に倒れかかるのを、急ぎリリカが走りより抱き止めた。
「もうこれ以上は無理ですよ! 離脱しましょう!?」
「まだよ……まだ戦いは終わってない」
リリカに抱きとめられつつも、ぷるぷると震える手で遠くの戦場を指差す。だが、リリカは譲らなかった。
「ダメです! こんなにケガして、死にに行くようなものです!!」
「リリカの癖に、生意気……よ……」
クレハはそれだけ言うと上げていた手をダランと下げ、目を閉じ反応しなくなった。
「クレハさん!!」
「落ち着きなさい。――大丈夫よ、まだ生きてるわ。あなたはクレハを治療して安全な場所に行きなさい」
近くに寄りヴィクトリアがクレハを診て、リリカに指示を下す。クレハが生きていたことにほっと胸を撫で下ろすリリカは、指示通りに早速クレハの治療を始めた。ふと気になることがあり、顔を上げてヴィクトリアに尋ねる。
「ヴィクトリアさんは一緒に行かないんですか?」
「私はまだ戦えるわ。あっちでガイル達も頑張ってるみたいだから、援護に行ってくるわね」
「ガイルさんも来てるんですね!」
頼もしい知らせだった。“宵の明星”の中核戦力がこんなにもここに集まっている。
「央都の軍本部からの指令は北都にも下ってたから。――それはいいわ。あなたも早くここから去りなさい」
「はい! お気をつけて!!」
クレハの応急手当を終えたリリカがクレハを背負って走り出す。それを見届けると、ヴィクトリアは最も喧騒の激しい場所を目指して歩いて行くのだった。




