【第三部】第五十八章 報告
――“マスカレイド”中つ国拠点・研究室――
博士の研究室内は、かつてない程のギスギス感により伝令の胃に多大なるダメージを与えていた。
そのギスギス感――不機嫌オーラの発生源は当の博士だった。伝令の報告を聞き、まず発狂。そして、伝令は退出する機会に恵まれず、今もこうして博士の前で頭を垂れている。
伝令はS―01の言伝てを博士に伝えただけだ。決して落ち度は無い。だが、だからと言って「じゃ、そういうことだから」と退散することを許してもらえる訳でもないのだ。
S―01の言伝てはこうだ。
「博士。悪いけど、兵が減っちゃったから追加を頼むよ。東の山へのトンネルを使って急ぎでさ。このままじゃ中途半端になっちゃうからよろしく!」
これを報告として違和感の無いように整えて伝えただけだ。それだけなのに……。伝令は内心で特大のため息をついた。
◆
「ほんとにあの子はまったく! 兵を損耗させるなと言い含めたでしょうに!」
博士はなおもプリプリとお怒りだ。だが、堂々巡りは困るので伝令は指示を仰ぐことに。
「そ、それでいかがいたしましょうか?」
「派兵するに決まってるじゃないですか! わかりきったことを聞くんじゃありません!!」
博士の怒号が部屋に響く。耳を手で塞ぎたいが、それをしたら後が怖い。伝令は軽く感じる耳鳴りがおさまると話を続けた。
「では、直ちに追加派兵の手配をしてまいります。数はいかほどに致しましょう?」
「むぅ~……っ! 百――いや、二百送ってやりなさい! その代わり、確実に成功させろと! 失敗したら許さないと伝えなさい!!」
「かしこまりました」
それだけ聞くと伝令はイソイソと出て行こうとする。だが――
「待ちなさい」
立ち去ろうとする瞬間、呼び止められる。――あと少しだったのに!
「S―05も一緒に送りなさい。実運用テストをします」
「かしこまりました」
今度こそ用が済んだとばかりに伝令は部屋を後にする。部屋を出て扉が閉まった瞬間――
――ドンガラガッシャン!
「ふざけるんじゃありませんよ!!」
背後から派手な音とわめき声が聞こえ、伝令の身体が飛び跳ねる。大方、博士が周りの物に当たり散らしているのだろう。
もう嫌だとばかりに伝令はその場を走り去った。




