【第三部】第五十七章 北方襲撃
――北方――
北方の湿地帯。玄武達の住み処に人間の集団が攻撃を仕掛けていた。最後方にはS―01――神楽達が呼ぶところのシーラーが控え、成り行きを見守っている。
計画通り、最前線には軍服を着た兵士を出して軍隊が攻めてきたように見せかけてある。事は上手く運び、敵陣は奇襲で混乱しているのが見て取れた。だが――
◆
「――――おーっと!?」
遠方から、高出力の水流が襲い掛かってきた。前に詰めていた兵士達が紙屑のように後方に飛ばされる。シーラーは直前になんとか回避できたが、部隊に出ている被害は甚大だった。
シーラーが視線を向ける先――湿地帯奥からノソノソと歩み寄ってくる巨体。あれはまさに――
「あれが“玄武”か。いやぁ、流石流石」
(S―01。報告があります)
感嘆しながらも、どうしようかと思い悩むシーラーに<念話>が繋がれた。別部隊の隊長だ。シーラーは彼女に内容の報告を促した。
(東の青龍の眷属への襲撃ですが、反撃が苛烈で過半数の兵を失ってしまいました。申し訳ないです)
(まぁ予想はしてたよ。そこが一番抵抗が激しいだろうからね。――あ、ちょっと待って)
玄武が二射目の発射体制に入ったのを確認したシーラーは、急ぎ部隊に撤退指示を出した。部隊が急速にバラけて後退する。
二射目が放たれ一部兵士がふっ飛ばされたが、散らばって後退したため、ある程度被害はおさえられた。
玄武やその眷属達の体躯は大きく頑丈、攻撃も先程身を持って知ったように強烈ではあるが、動きは鈍重だった。なので、全力で撤退することにより追撃をまくのは容易だった。
シーラーは、もう大丈夫かというところまで部隊を逃がすと、別部隊の隊長との<念話>を再開した。
◆
(で、首尾はどうだって?)
(被害は甚大でしたが、無事、青龍の眷属達を焚き付けることには成功しました。妖獣達が続々と山を下り、東都へと向かって行ってます)
(上出来上出来! ――博士にはしぼられそうだけど、必要な犠牲だったんだよ、うん!)
出てしまった甚大な配下の犠牲をそれだけの言葉で済ませるシーラーだったが、その部隊の隊長も特に口は挟まない。罰があると言われても特に感情が動くことは無いだろう。彼女はそのように“造られていた”。
(人間側に攻めさせた部隊からも既に連絡は受けてるけど、一応は成功してるみたいだね。思ったよりも手強い奴らがいて損害を出してるみたいだけど)
(そうですか)
シーラーがそう説明するも、念話相手の反応はそっけない。自分の担当外の事柄についてまで細かに応答するようには“造られていない”から当然か。シーラーはつまらなそうに鼻を鳴らすと、要件を簡潔に告げた。
(じゃあ、君らは戦力を補充したら南に向かって。博士にはそちらのトンネル経由で派兵するよう話を通しておくよ)
(承知しました。ただちに向かいます)
それだけのやり取りを済ますと<念話>を切った。シーラーは満足げに鼻歌を歌い出す。
「さぁて! これから楽しくなるぞぉ! 存分に殺し合ってくれなきゃね! あははははっ!!」
シーラーの楽しげな哄笑が響き渡る。それは、人間と妖獣による戦乱の幕開けを意味していた。




