【第三部】第三十八章 白虎の聖域にて③
――“中つ国・西・白虎の聖域”――
「うちの一族と共に暮らしている妖獣が、奴らが聖域から出てくるのを目撃して跡をつけたらしいんだ。――確か、山頂の聖域から山道沿いに下っていって、山の麓にある洞窟の中に奴らが入っていくのを見た。だったかな」
「ええ。山道沿いの麓と言ったらこの辺りですかね。楓さんの話では、その妖獣も後から洞窟に忍び込んだけども、行き止まりで誰も見つからなかったとか。仲間と合流し再調査しても同じ結果だったと」
「諜報に長けた者だとも言っておったから、見落としということも考えにくいじゃろうな」
地図を指しながら、神楽達が白虎や朱雀達に、楓から聞いた情報を伝える。すると、場がざわついた。
「洞窟か……見落としていたのか?」
「仮面の集団が聖域から出てくるのを見かけた青龍の眷属がいるとは聞いていたが、そこまでの情報は無かったぞ」
奴らが聖域から出てくるのを目撃したのは“御使いの一族”以外にもいたらしい。もともと青龍やその眷属の住み処なので、その方が自然か。
「青龍達の住み処に何故お前達の手の者が入り込んでいたかはこの際置いておくとしよう。――朱雀、これをどう見る?」
「この者らの言う通り、その洞窟に何らかの仕掛けがあるという線が濃厚じゃろうな」
朱雀も同意見のようだ。なら話は早い。
「そんな訳で、俺達はその洞窟への調査のために街道を通って東に向かってたんだ。――で、朱雀に襲われたと。そんなところだ」
神楽達はこれで知っていることを一通り話したことになる。後は白虎や朱雀の反応を待つだけだった。
◆
「一ついいか?」
「? どうぞ」
改まって白虎が問いを投げ掛けてくる。
「お前達の目的はなんだ? 何故奴らを追う?」
「? 奴らが青龍をさらったのが、今起きようとしている戦争の発端だろ? 違うのか?」
「いや、それはそうだが、聞きたいのはそうではなくてな……。何故、“無関係のお前達が、密入国し身を危険にさらしてまで事を収めようとする?” 何の得がある?」
「得も何も、人間と妖獣の戦争なんて、してもいいことないだろ? 止めるのは当然のことだと思うが……」
神楽は、何故白虎がそんなことを真剣に聞いてくるのかがわからない。神楽に取っては至極当たり前のことなのだが。
焦れた白虎がなおも問い掛けようとするのを朱雀が押し留めた。
「もうよい、白虎。――わからぬか? こ奴――いや、神楽は真性の“お人好し”じゃ。余らの道理は当てはまらんだろうよ」
「そうなのか? ――いや、そうなのだろうな……」
「? なんなんだ一体?」
神楽を差し置いて白虎や朱雀は勝手に納得してしまっている。二人はどことなく嬉しそうですらある。
「後はそうだな……。他に理由があるとすれば、三年前の“和国人妖戦争”が起こる発端となった奴らの襲撃。そこで俺達は奴らを止められなかった。その結果、大きな戦争が起きてしまったから、二度と奴らに同じことを許したくないんだ」
「それと、蛟も取り返すにゃ!!」
「借りをきっちり返すのも追加じゃ!」
「絶対許さないでありんす!」
神楽に同調し、皆が盛り上がる。そんな様子を見て、白虎や朱雀が顔を見合わせた。
二人は頷合うと、朱雀がため息をつきつつも神楽達にこう告げた。
「其方らを見ていると、余らの度量が小さく思えてくるわ。――よい。此度の戦、青龍が無事に戻ってくるのであれば、矛を収めようぞ」
「むしろこちらからも奴らと戦うための戦力を出すぞ。奴らがただの人間ではないと知った以上、人間だけの責任にするのもおかしな話だからな」
「それもそうじゃな。余らも戦力を出すとしよう。しかし、まずは奴らの居場所を突き止めるのが先か。――ピノ。神楽達に同行し、協力して洞窟内を調査するのじゃ」
「はいですの!♪」
「ならこちらからは猛鋭を出そう。先にお前達を襲ったしこりがあるだろうから、その修復も兼ねてな」
「かしこまりました白虎様。――神楽殿、宜しく頼みます」
「こちらこそよろしくお願いします!」
トントン拍子で話が最良な方向に進んでしまった。エーリッヒなどはポカンとした後、苦笑いを浮かべつつ神楽の肩を叩いてきた。
「いやはや。流石だね君は」
「いや、なんだか上手くいきすぎて俺も戸惑ってますが……想いが通じたのはやっぱり嬉しいですね」
「ご主人! ここからが本番にゃよ! 先ずは何としても奴らを見つけるにゃ!」
琥珀の言う通りだ。神楽は明るいムードの中でも気を引き締め直し、絶対にやり遂げてみせると胸中で誓いを立てるのだった。




