【第三部】第三十六章 白虎の聖域にて①
――“中つ国・西・白虎の聖域”――
「なるほど……お前達は奴らの仲間ではなかったのか」
「そうだよ! 酷い誤解だ! おかげで朱雀に焼き払われかけたぞ!」
「それはもう詫びたであろう。細かいことを気にしていると大成できぬぞ? それに、白虎の地を無断で通った其方らにも、疑われることをした落ち度はあろうよ」
奴ら――青龍を攫った<マスカレイド>――の仲間ではない、むしろ敵であり自分達は青龍を取り戻しに行くところだということを神楽達は懸命に説明した。
その甲斐あって誤解は解けたのだが、神楽としては朱雀に問答無用で殺されかけたことに対してやはり抗議はしておきたかった。
当の朱雀はどこ吹く風だ。疑われるようなことをした自分達が悪いと言われたらまぁ確かにその通りなので、その点は謝罪をしておく。
「それについてはすまなかった。人間の使ってる関所が戦争前の混乱で、とても通れる雰囲気じゃなくてな。急ぎ内地に行きたかったから通らせてもらった。俺達は見ての通り、人間と妖獣が共にいる集団だから、説明しようにもどうしても揉めると思ってな」
「それについて聞きたかったのだ。何故共にいる?」
「余も聞いておらなんだな。話せ」
白虎と朱雀がグイグイくる。神楽も話すつもりだったから否やはない。
◆
「俺達――エーリッヒさんは別だけど、俺や青姫、琥珀、稲姫は元々“和国”で共に暮らしてたんだ」
「だが和国は今、妖獣の支配地であろう。逃げて来たのか?」
白虎の問いに神楽が頷く。
「あの戦争の亡命者か。――しかし、それ以前に元々共に暮らしてたのは何故じゃ? 和国でも人間と妖獣は不仲であろう?」
「それは俺の出身に関係するんだ。“御使いの一族”って知ってるか?」
「――っ! 眉唾だと思っていたが、実在したのか」
「噂で聞こえてきたことはあるが、そんな与太話があるものかと信じておらなんだわ」
“御使いの一族”の噂は、白虎や朱雀も聞いたことがあるらしい。だったら話は早い。
「妖獣と共にある一族。それが俺の出身である“御使いの一族”だ。俺達一族は妖獣と“縁を結び”絆を深める。青姫達ともそうして一緒にいるんだ」
「うちは“ご主人だから”一緒にいるんだけどにゃ」
「ずるいぞ琥珀! 抜け駆けするでないわ!」
「主様! わっちもでありんすよ!」
妖獣三人娘がかしましい。そんな様子を見て白虎やその眷属達からざわめきが起きた。
「和国ではこうなのか?」
「いや、奴の一族だけじゃないか?」
コソコソ話も来こえてきて、神楽は若干居心地が悪くなる。話を再開した。
「そういう訳で俺達は一緒に暮らしているが、他の者達からしたら、今そちらが取った反応が自然だろう。だから面倒はごめんだと思って、こそっと通り抜けようとしたんだよ」
「ですが、非礼には違いありませんね。謝罪します」
言葉の足りない神楽をエーリッヒがフォローしてくれる。白虎達の興味が今度はエーリッヒに向いた。
「お前はこの者と同じ一族出身ではないのだろう?」
「はい」
「では、何故妖獣と一緒にいる?」
「きっかけは命を助けられて。その後は意気投合して一緒にいます」
「うむ! わらわが危機を救ったのじゃ!」
エーリッヒ達“青ノ翼”は青姫に窮地を救われた過去を持つ。“御使いの一族”以外でもこうして妖獣と共にあることができる。
二人の存在は、人間と妖獣の共存の可能性を示していた。特別な血筋や力が無くても、心が通じてさえいれば共に歩めるという。
白虎と朱雀が神妙な面持ちをする。しかしすぐに気を取り直し、神楽達に話しかけてきた。
「かつて、人間と俺達はそうして共に生きてきたこともあった。だが、三百年程前に大きな戦争があり、以来人間と俺達は別々に暮らしてきたのだ。相互不干渉の約定を交わしてな」
「其方らを見ていると懐かしさを感じるのぅ。――そうか、この感情が其方らに興味を抱く契機となったか」
白虎と朱雀が過去を思い出してか、しんみりと気持ちを語る。――本当は、人間を心から憎んではいないのかもしれない。
神楽はそれが嬉しかった。彼らになら胸襟を開いてもいいだろうと、更に踏み込んで話を進めることにした。




