【第三部】第三十五章 闖入
――“中つ国・西・白虎の聖域”――
「馬鹿な……アレは何だ?」
「お下がり下さい白虎様! ここは私が!」
“中つ国”西の山中奥深く。緑や水に恵まれた白虎の聖域に、上空から見知った闖入者があった。
――いや、見知った存在ではあるが、問題はそこではない。大の人間嫌いの朱雀が、人間を背に乗せ、こちらに向かって来ているではないか。
今この場には、白虎の他、猛鋭を始めとした軍の諸将が集まっていた。いずれも神獣であり、一角の将だ。諸将が軍備状況を白虎に報告しに来ていた真っ最中だったのだ。
突然の事態に場が色めき立つ。本来なら喝を入れて落ち着かせる白虎をして、この異常事態に動揺を隠せていなかった。猛鋭ら諸将が白虎をかばうよう、前に出た。
◆
「ふわぁ~。虎さんがいっぱいでありんす……」
「物々しいね。――十中八九、僕らが原因だろうけど」
朱雀の背に乗り、神楽達は上空から白虎の聖域を見下ろす。強そうな妖虎がわんさかいた。こちらを見て警戒態勢を取っている。エーリッヒの言う通り、自分達人間が来たのが原因だろう。
――怒らせたらこの場が俺達の墓場になりそうだ。神楽は喉をゴクリと鳴らした。
「では降り立つぞ。――よいか? 決して武器を抜くな。敵意を向けるな」
「もちろんだ。そんな命知らずはここにいないから安心してくれ」
朱雀の忠告に神楽は即答で応える。自殺願望のある者はうちの仲間にはいない。それは断言して言えるからだ。
――強いて言うなら、自由奔放な琥珀のことは、少し気にかけておこう。今もまるで気にしたそぶりをみせていない。
朱雀は上空から滑空していき、白虎の聖域に降り立った。
◆
「止まれ! 朱雀様に何をした!!」
朱雀が白虎の聖域に降り立った直後、周囲もれなく妖虎達に取り囲まれた。ネズミ一匹逃さない程の厳重な警戒だ。
さて、どう説明していこうかと神楽が悩むと同時、朱雀が口を開いた。
「待て。余は特に何もされてはおらぬ。白虎と話をしに、訳あってこの者達を連れて来たのじゃ」
朱雀がありのままを伝えると、取り囲む妖虎達から発せられる動揺の気配を神楽は感じ取った。
妖虎達はどうしたものかと互いに顔を見合わせている。そんな時、巨体がこちらにのしのしと近づいて来る気配があった。
「よい。通せ」
「白虎様……」
“四神獣”が一角――“西の白虎”。その名の通り、白い虎だった。その巨体にはどれだけの力が備わっているのだろう。ただ大きいというだけでなく、引き締まった体躯は生物としてのスペックの高さを物語っていた。
「俺は白虎。そこの朱雀と同じ、“四神獣”の一角だ。――朱雀、これはどういうことだ?」
自己紹介は朱雀の背に乗る神楽達に向けて。そして、説明を朱雀に求めた。
「こうも囲まれては、この者達も委縮する。もしこの者達が暴れるのであれば、余が焼き払おう。まずは包囲を解かせるのじゃ」
「お前ら、下がれ」
朱雀の言う通り、白虎は部下を下がらせた。妖虎達が警戒がちに後退り、白虎の後ろ横一列に並んだ。
「では、まずは紹介からしようかのぅ。この者達は――」
朱雀と神楽達は、神楽達の紹介と共に、事の経緯を白虎に語り聞かせるのだった。




