【第三部】第三十章 寂れた宿場町
――西の街道――
「どんなルートで行きますか?」
「西都から壁内に入って最短距離を突っ切るかな。で、東都から出て山の麓まで行くことになるね」
人界西の森にある“御使いの一族の隠れ里”を出た神楽達は、馬車で街道を東に進んでいた。エーリッヒの言う通り、“守護長城”内を西から東に突っ切るのが一番早そうだ。ただ――
「でも、そう簡単に通してくれますかね」
そう。妖獣を何人も馬車に乗せていて、検問を通らせてもらえるかの不安があった。神楽は稲姫達を見た。
「皆、検問とか町とか、人前に出る時だけでいいからさ。耳や尻尾を隠しておいてくれるか? 青姫は羽だな」
「わかりんした」
「う~ん……。仕方無いにゃ」
「うむ。致し方無い」
琥珀は露骨に嫌そうだが、我慢してもらうしかないな。耳や尻尾を隠すのは疲れるからあまりやりたくないといつも言ってるから可哀想には思うが、余計な面倒事を起こすよりはいいだろう。
なにせ、いつ妖獣達が戦準備を終えて襲ってくるかわからない状況なのだから。前に西の関所で見たように、他もピリピリした状況なのは容易に想像がつく。
馬車は西都に向け街道をひた進む。すると、小さな町が見えてきた。街道に面しているから、宿場町だろうか。神楽はふと気になり、寄ってみることをエーリッヒに提案した。
「町の様子が見てみたい? ――まぁ、少しくらいならいいか」
簡単な食糧補給もかねて、神楽達は町に向かった。
◆
「ひとっこひとりいないな」
「もぬけの殻でありんすね」
宿場町に入ると、まず違和感に気付く。そう。通りに誰も歩いていないのだ。家畜だけが飼育場で静かにもしゃもしゃと餌を食べていた。
それとなく家畜に近づいてみる。餌や水は大量に用意されているみたいでまだ大分もちそうだが、糞尿はそのまま放置されている。量が凄く、神楽は異臭に鼻をつまんだ。
「戦争で国民に徴兵がかかったからね。この町の住人も皆、都に向かったんじゃないかな」
「それで連れていけない家畜は放置ってことですか。理屈としてはわかるけど、可哀想ですね」
「“守護長城”を突破されないよう死守するのが作戦だろうしな。上はこんな壁外の宿場町なんて気にもしてないだろうよ」
いつの間にか近くに来ていたラルフが言う。どことなく不機嫌そうだ。やはりこの状況が気に入らないのだろう。
「これが戦争というものなんだろうね。時間が惜しい。もう用が無ければ発つよ?」
エーリッヒの提案にうなずく神楽とラルフ。馬車に戻ろうとしたが――
「皆~。こっちに人がおるのじゃ」
「行ってみましょう」
青姫がこちらに手を振りながら大声で呼び掛けてくる。神楽達は青姫のいる民家へ向かった。
◆
神楽達が民家前に着くと、他の皆は既に集まって待機していた。青姫が民家内の老婆に話し掛ける。
「少しお話いいかのぅ?」
「ふぉっふぉっふぉっ! 構わんぞ。話し相手がおらず、退屈してたのじゃ。こんなところではなんじゃ。中に入るがええ」
神楽達は家の中に通された。質素な家で、必要最低限の物しか置かれていない。
「ここには何用で参った?」
老婆の問いに、神楽は通り掛かったので町に寄ってみただけだと返した。そして、何故一人ここに残っているのかを聞いてみた。
「皆、『危ないから一緒に壁内に避難しよう』とゆうてはくれたがの。わしの家はここだけじゃ。死ぬならここがええ」
「でもほんとに危ないですよ? 妖獣達に襲われたら助かりませんよ?」
死ぬことまで考えてここに残ると決めている人に言ったところで仕方無いとは思うが、神楽は一応忠告しておいた。
「そうじゃろうな。その時はその時。じい様のところに行くだけじゃ」
家の中に置かれた遺影を見ながら老婆が達観したように言う。
「この町の人達は、やはり徴兵されて西都に向かったのですか?」
「その通りじゃ。もう結構前になるのぅ」
エーリッヒの予想通り、皆徴兵されたのだった。老婆は遠い目をしながら少し寂しそうだった。
「どこぞのバカが青龍に手を出さなけりゃこんなことにはならなかったろうて。ほんに、憎たらしい。目の前に現れたら、ただではおかんわい」
老婆が苦々しげに言う。ほんと、その通りだと皆うなずいた。
「たいしたもんじゃないが、これ、持っていきんしゃい」
「あ、ありがとうございます」
「ええて。こんな年寄りの話し相手になってくれた礼じゃ」
老婆から芋の入った袋を渡される。神楽達はそれを受け取って、老婆に別れを告げ家を後にした。
「なんか悲しいですね」
「戦争だからね。これから人がたくさん死ぬ。もっと悲惨な状況になるよ。――僕らは、できることをしよう」
神楽達は、しんみりしながら馬車に乗り込み、寂れた宿場町を後にするのだった。




