【第三部】第二十九章 鳥人のピノ
――“中つ国・南・朱雀の聖域”――
「朱雀様! 朱雀様! 大変ですの!」
「なんじゃ、騒々しい……」
中つ国南の高山にある朱雀の聖域。清らかな空気で満たされたその場所に、一人の鳥人が飛んできた。
――幻獣“鳥人”。
とある事情で神界からこちらに来ていたのを朱雀が保護したのだが、以来、少女は朱雀に懐いて離れようとしない。
手が羽、足は鉤爪と、それらは鳥を思わせる。しかしながら顔や胴体は人間の女性のそれだった。瞳が大きく、とても愛らしい顔立ちをしている。
鳥人の少女――ピノは、身体を横たえている朱雀の周りを飛び回り、注目を得ようと頑張っている。その甲斐あってか、朱雀が煩わしそうにしながらも身体を起こした。
朱雀はこの“中つ国”に住む者で知らぬ者はいない、妖獣達の守護神である“四神獣”の一角だ。今は人間達との戦争に備え、部下に指示を出し終えて休憩しているところだった。
今は人化している。赤の長髪を背に垂れ流し、その凹凸のはっきりした見事な肢体に妖艶さを纏う絶世の美女の姿を取っていた。
男なら誰もが振り返るだろう美貌を誇っている。今こうして、口元に手を当て『ふわぁ』とあくびをする姿さえ様になっているのだからズルいというものだ。
ピノは、朱雀が身体を起こして自分の方に向くのを確認すると、地面に降り立った。
◆
「朱雀様のお言いつけ通り、西の空で地上の監視をしていましたら、馬車の一行を発見しましたの! 人間と妖獣が一緒にいる気配がしたですの!」
「そうかそうか。それはご苦労じゃった……って、――はっ!?」
朱雀の誇る美貌が、面白いくらい驚愕に彩られる。ピノはそれを見て満足気にクスクスと笑っている。
「朱雀様! 驚きすぎですの!」
「ピノ~。ちょっとよいか? 其奴らは今どうしておるのじゃ?」
「? わからないですの。ピノは、朱雀様のお言いつけ通り、発見したから報告に来たですの」
朱雀が、イライラでおかしくなりそうな自身の額を押さえた。
「ピノちゃん。ちょっとおいで」
「はいですの♪」
てっきり褒められると思い、嬉しそうに朱雀のところに歩いて行くピノ。だが――
「逃がしちゃダメじゃろうが!!」
「い、痛いですの! 暴力反対ですの!!」
朱雀はその両拳でピノの頭をグリグリする。普段威厳を放つ朱雀がこんな姿を取るのはピノの前でだけだった。他の者が見たらショックで失神する者も出るかもしれない。朱雀は妖獣皆の憧れの的なのだから。
◆
「酷い目にあったですの……」
お仕置きが終わり解放されると、しくしくと泣きながらピノが自身の頭を押さえている。赤くなっており痛そうだ。朱雀はそんなこと知らんとばかりに話を続けた。
「そういう時は、応援を呼んで一緒に確保するとか、せめて他の誰かに見張らせておくとか、他にいくらでもやりようはあるじゃろうに」
「おお! 朱雀様は賢いですの! 尊敬ですの!」
ピノが驚きの表情を浮かべている。そして、朱雀をキラキラした尊敬の眼差しで見つめている。朱雀は、また痛くなりそうな頭を押さえながらも、急用とばかりにピノに告げる。
「今すぐそ奴らのところに余を案内するのじゃ」
「了解ですの!」
朱雀は獣化し、その身に炎を纏う巨大や妖鳥となって、先導するピノの後について飛び立つのだった。




