【第三部】第二十八章 絆石
【翌朝】
――“中つ国”人界西部・隠れ里・春と楓の家――
「神楽。ちょっといいかしら」
「ん? 何だ?」
翌朝、出発前にサンクエラから呼び出され、神楽は用を聞きに行く。
「これを渡しておこうと思って」
「これは、“一族に伝わってる石”?」
「お兄ちゃん。それは“絆石”って言うのよ」
サンクエラが石のついたネックレスを取り出して神楽に見せた。神楽にはソレに見覚えがある。
かつて稲姫にプレゼントしたというものと同じ、薄青く輝く石のついたネックレスであり、学園都市のショッピングでもたまたま同じものを購入していたのだ。神楽は懐から持っているネックレスを出してみるが、やはり同じものだった。
楓が興味を持ったのか、神楽とサンクエラに近づいてきてこれが何かを教えてくれる。どうやら“絆石”という呼び名があるらしかった。
◆
「どうしてサンクエラがその石を?」
「この石から何か特別な力を感じたの。それで楓さんにお願いして、一つ借りて調べてみたのよ。そうしたら、この石がただの石じゃなくて、“効果を付加できる”ことがわかったの」
「“効果”って?」
どうやら、サンクエラがスゴく興味深い発見をしてくれたみたいだ。神楽は前のめりになって、どういうことかサンクエラに聞いた。
「簡単に言うと、“石”に力を込められるのよ。――ものは試しね。稲姫ちゃんはいるかしら?」
「何でありんすか?」
少し離れたところで出発の支度をしていた稲姫がサンクエラに呼ばれ近づいてくる。
「この石を持って、込められている力を使ってみて?」
「どんな力でありんすか? ――ん。これは<結界>でありんすね」
石に込められた魔素回路の構造を読み取ったのか、稲姫が言い当てる。サンクエラは「正解!」と、言い当てられたことを喜んでいた。
「どうやって使うんでありんすか?」
「その石に魔素を流し込めばいいのよ。そうしたら後は自動でやってくれるわ」
サンクエラのレクチャー通り、稲姫が魔素を石に通す。慎重にゆっくりと。すると――
――フォン
「ふにゃ!?」
「お、おお! 張れてるぞ、結界!!」
稲姫の身体を覆う範囲で、透明に近い結界が張られていた。神楽は手でこんこんと叩いてみる。硬質な手応えが返ってくるだけで、割れる気配は無かった。
「す、スゴいでありんす!」
「アーティファクトの妖獣の力バージョンみたいなものか。まさか、この石にこんな力の使い方があったなんて……凄いぞサンクエラ!」
「おい神楽。興奮しているのはわかったが、サンクエラの手を取るな! お前は“天然ジゴロ”と言うそうじゃないか!」
昨晩ラルフに入れ知恵をされたのだろう。喜んで思わずサンクエラの手を取る神楽をルーヴィアルが窘める。――そんなつもりはなかったのだが、神楽はしゅんとしてサンクエラの手を離した。
「スゴいでしょう? 要するに、これがあれば私の力を皆にも授けられるの。だから、楓さんにお願いして皆の分を用意したわ」
サンクエラ、なんて仕事のできる人だろう。同じ石のついたネックレスがたくさん入った革袋を神楽は有難く受け取る。
「助かるよサンクエラ! これで皆の安全性も大幅に増すよ!」
「なになに? うちにも見せてにゃ」
「……アーティファクト?」
「ふむ。これは見事なものじゃのぅ」
興奮して騒ぐ俺に気付いたのか、離れて支度をしていた他の者達も近づいてきた。ちょうどいいので残りの皆も呼び寄せて、神楽はこのネックレスを手渡し説明した。
「凄いな。有難くもらっておくね」
「この石、他にも色んな使い方ができそうだな。他にも何か力を込められるんじゃないのか?」
「……余ってるのをいくつかもらって、道中確かめてみる?」
エーリッヒ達も驚いている。ラルフやレインの提案通り、楓にお願いして、力の込められていない“空の”石がついたネックレスをいくつかもらっておいた。
「こんなこと、里の誰にも今までできた人がいないんだから、サンクエラさんが特別なのかもよ?」
「そうかもな。まぁ、ものは試しだよ。ありがとな」
楓が言うように、サンクエラのみが力を込められるのかもしれない。どうやってかサンクエラはこの石が特別なものだと感じ取っていたらしいしな。
サンクエラに聞いたところ、「私、目は見えないけど、“心の光”と“力の流れ”は他の人よりもわかるみたいなの」と言っていた。そういうことができる特別な力を持っているのかもしれない。
魔素操作の使える稲姫でも魔素の関わるものであれば“力の流れ”はわかると思うが、それの発展形だろうか。細かいことはわからないが、とりあえず道中試してみようと、いくつか石をもらっておくのだった。
「では、出発しますよ」
「気をつけてね、神楽」
「お兄ちゃん、危ないことがあったら今度こそすぐ逃げるんだよ!」
「なるべく皆に心配かけないように気をつけるよ」
神楽達は馬車に荷を運び込み、出発の段になって馬車に乗り込むと春と楓に見送られた。やはり二人は凄く心配そうだ。
神楽としてもこれ以上二人に心配をかけたくないが、今のこの状況をどうにかできるのは自分達だけだと思うので、気休め程度の言葉を返すしかなかった。二人もそれがわかっているのだろう。それ以上、引き留めることはしなかった。手を振り合い、別れを惜しむ。
そうして馬車で村を発ち、神楽達は“東の洞窟”を目指して東進するのだった。




