【第三部】第二十二章 “宵の明星”戦前ミーティング①
――ギルド“宵の明星”中つ国拠点――
「じゃあまずは、“集会”での決議事項から」
ギルドマスター隼斗は、首都央都に単身赴き、エクスプローラー協会“央都支部”で催された集会に参加していた。その内容を、ギルドメンバーに情報展開する。
「軍の戦争への動員対象は、エクスプローラー協会に所属する者は含んでいない。これは、皆もよく知ってる通り、エクスプローラーの理念――『国を超えた、人類全体への貢献』に基づいた、治外法権によるものだ」
隼斗の説明に皆が頷き同意を示す。
「エクスプローラーは、関所で身分を示せばそのまま抜けることもできる。それは、軍も権利として認めている」
「まわりくどいぞ。俺達は“戦う”んだろ?」
「ガイル! 説明には順序というものがあるの。黙って聞きなさい!」
隼斗の持って回った言い回しに痺れを切らしたガイルがツッコミを入れ、ヴィクトリアがそれを窘める。いつもの光景だが、隼斗は苦笑いし、本題に入ることにする。
「協会は、対応を各ギルドの裁量に委ねた。戦うも逃げるも自由だ。――だけどガイルの言う通り、僕らは“参戦する”。それは、この国のためじゃない。ただでさえ縮小している“人界”をこれ以上失わないためにだ。僕達エクスプローラーの仕事にも多大な影響があるしね」
「“和国”も戦争に敗けて“獣界”になっちゃったしね~」
あまり緊張感を感じさせない声音でクレハが横入りする。ヴィクトリアが口を開きかけたが、隼斗は片手を上げて制止し――
「そう。3年前に和国で人間と妖獣の戦争が起こり、結果、人間は敗れた。去年には和国は正式に獣界と認定されたね。海を越えた先にある島国だからと大陸の人間はどこか他人事だけど――大問題だ」
クレハの言葉を引き継ぎ、隼斗が説明を加える。皆も、隼斗同様、ゆゆしき事態と捉えていた。異論を挟む者はいない。
「以来、和国ではエクスプローラーとしての活動ができないどころか、人間が出入りすることすら困難だ。それは、実際にそうなって皆もよく実感できてると思う。――で、それが今回ここ“中つ国”でも起きようとしている訳だ」
「やっぱりさ。気に入らないよね。――一方的に奪われるなんてさ」
クレハから背筋の凍る様な、冷淡な声が放たれる。いつもの子供らしさは鳴りを潜め、“薔薇乙女”として恐れられるもう一面が顔を覗かせていた。近くのメンバーが圧に押され、冷や汗を流す。
「俺もクレハと同感だぜ。それに、俺らに奪われる道理はねぇだろ。やっちまおうぜ」
ガイルも同調する。言い方はともかく、その考えに他のメンバーも頷き、同意を示した。
「まぁ、例の集団――仮面を付けた人間達が“青龍”を拉致したのが発端だから、妖獣が人間に戦いを仕掛ける動機はわかるんだけどね。だからと言って、ただ奪われるという訳にもいかない。――一応聞いておくけど、反対の人はいるかな? 遠慮なく言って欲しい」
隼斗は、皆を見回しながら他の意見が無いか確認する。
◆
「戦争は回避できないのでしょうか? ――その、やっぱり争わずにすむならそれに越したことはないと思うので」
「リリカ。甘い。甘すぎるわ――甘ちゃんよ!」
クレハの隣に座る眼鏡の少女――リリカがおずおずと手を挙げ、戦争回避論を持ち上げる。リリカはクレハの従えるグループメンバーで慎重派だが、正反対の性格のクレハとの仲は良く、親友のような間柄だった。
クレハは楽しそうにリリカのこめかみをグリグリし、リリカが「ふぇぇ!」と泣きべそをかきつつある。――親友というよりはクレハにとっては玩具なのかもしれない。
隼斗は緩んだ空気を締めなおすため、軽く咳払いし――
「今も、ルーカスや刹那達が“犯人”を休みなく探してくれてるんだけど――まだ消息は掴めてないね」
「あいつらで無理なら、国の奴らにも無理だろうしな」
「“青龍”を取り戻して返還する以外に戦争回避の手段はありませんしね」
ガイルやヴィクトリアの意見に同意し、隼斗は首肯する。
「うん。朱雀が宣戦布告をして来た時の回避条件“青龍の無事な状態での返還”は絶対条件だ。――これ以外の手段では納得しないだろう」
朱雀が央都の城上空に飛んできた時は大騒ぎだったと聞く。朱雀から状況を聞かされた国の上層部は寝耳に水で、そんなことが起きたことすら知らなかった。それを素直に朱雀へ伝えたが――
『ならば、貴様ら人間の不始末、貴様ら自身でつけろ』
朱雀からの唯一の譲歩条件は、“青龍の捜索、奪還、無事な状態での返還”だった。上層部はしばらくの時を稼ぐ交渉しかできず、今も血眼になって青龍を探しているが、手掛かりすら掴めていない様子だ。平行して進めている戦準備の方は着々と進んでいるようだが……。
話を聞いたリリカが悲しそうに眉尻を下げる。彼女にも、もうどうしようもないということが理解できたのだろう。――いや、元々理解していたが、“それでも”と思い出て来た意見だったに違いない。リリカは、他のギルドメンバーから見ても優しくて聡明な子なのだから。
「他に意見はあるかな?」
「勝算はどれくらいなんでしょう?」
ガイルのグループメンバーで、知的さを匂わせる少年――オリバーだった。華奢で、力自慢の多いガイルのグループでは浮いた存在だ。だが、その戦略眼にはギルド内でも定評があり、重宝されている。
「それは、妖獣に対する軍の戦略にもよるからね。後で説明しようと思ってたけどちょうどいい。今、説明しよう」
隼斗は、皆が囲うテーブルの上に大きな“中つ国”地図を敷き、説明を始めた。




