【第三部】第二十章 作戦会議――“人界軍”
――央都・城内作戦室――
「それでは会議を始める。まずは、妖獣との戦争準備状況について。――兵部尚書」
「はっ!」
宰相に指名され、兵部尚書が席を立つ。兵部尚書はまだ若い青年だった。特に体格に恵まれている訳でもない彼が軍のトップを任されているのは、ひとえに彼の戦略眼が評価されてのことだ。兵部尚書は、卓上に置かれた大きな“中つ国”地図の上に指し棒を当てた。
「現在、国民を総動員し、軍を再編中です。女子供、老人は後方支援に回しておりますが、成人男性を主体に構成した前線部隊は、総勢50万人となります」
「そんなに!」
「やはり、和国の難民を受け入れたのは正解だったのだ!」
予想以上の兵数に、歓喜の声が上がる。「話はまだ終わっとらん!」と宰相が場を静めると、兵部尚書が続けた。
「しかし、ご存じの通り、我々は東西南北を敵――妖獣に囲まれております。そして、ここ央都の防備も怠れない。そのため、軍を五つに分けます」
「各所十万というところか……」
五等分かとの意見に、兵部尚書は首を横に振る。
「いえ、ここ央都に三万、北に十五万、西に十二万、南と東は各十万です」
地図の上に兵隊を示す石が置かれていく。石一つは一万を示していた。
――軍の配置をまとめると次の様になった。
中央三万……“央都”
北十五万……”北都” 対 “玄武”
南十万…………“南都” 対 “朱雀”
西十二万……“西都” 対 “白虎”
東十万…………“東都” 対 “青龍の眷属達”
◆
「バカな! ここ首都“央都”の警護を薄くするだと!?」
「それでは王が危険だ!」
数人が憤って立ち上がる。
「よい。ここの兵数を少なくしたのは、予の意思だ。予から兵部尚書にそうするよう伝えた」
「首都が陥落したらその時点で負けなのですぞ!?」
国王曹権がフォローに回るが、なおも異論が噴出した。
「この首都が何のために四方全て壁に囲まれているか、よく考えよ。――“守護長城”が抜けられる時点で、戦の敗退は濃厚よ」
そう。この“守護長城”は決して抜かれてはならない。一方でも抜かれれば、他の都が挟撃される危険もある、“諸刃の剣”なのだ。
曹権の言に、皆が押し黙る。兵部尚書は曹権に会釈をした後、説明を再開した。
◆
「各地の兵数および兵科は、それぞれの交戦相手によって決めています。防衛戦において、一番の脅威はやはり、“北の玄武”でしょう。玄武の眷属は皆重厚な外殻を持つため、こちらの攻撃が通りにくく、一斉に進軍されたら止めるのは困難です。よって、一番多い動員数となります」
皆が頷き同意を示す。
「次にやっかいなのが、“南の朱雀”でしょう。朱雀の眷属は飛行する者も多く、地上部隊だけでは対応が難しい。地上部隊の他、弓兵や魔法兵などの遠距離戦ができる者を“守護長城”上に多数配置し迎撃に当たります。空を飛ぶ魔法<飛行>を使える者には空中戦をしてもらいますが、使い手が少ないため、過度な期待はできません」
「朱雀の方がやっかいなのではないか? 飛行され“守護長城”を抜かれたら後が無い」
「然り!」
「はい。その危険は承知しています。ですので、抜かれた先――内地にも各地に対空戦のできる陣地を設けています」
「いやぁ、忙しくてたまらんわい」
「そうか。工部尚書が最近酒屋にいなかったのは、そういう訳か」
作戦室内に笑いが起こる。酒で太っている工部尚書はしょっちゅう酒屋でドンチャン騒ぎをしているが、このところ、とんと姿を見せなかった。酒飲み仲間は心配していたが、なんてことはない。南の対空陣地の設営にかかっていたのだ。
「はい。工部尚書のおかげで準備は順調です。引き続きお願いしますね」
「おう! 任せろ!」
自分の胸板を叩き了承する。その様な明るい性格から、工部尚書は皆に慕われていた。
「残りの“西の白虎”。そして、“東の青龍の眷属達”。これらも脅威であることに変わりはありません。――むしろ、戦闘力の高さで言うなら、この二つがツートップでしょう。青龍の抜けがある分、東は人員を減らしていますが、逆に言うと、今回の件で一番激怒している軍勢でもあります」
兵部尚書は淡々と言うが、背筋を凍らせる者が多数。この地のことわざで、“虎の尾を踏む”や“龍の逆鱗に触れる”というものがある。どちらも、恐ろしい相手を激怒させることの例えだ。
今回の戦の発端が、“青龍を奪われたこと”である以上、どれ程の怒りを溜め込んでいるか、想像もしたくなかった。
一部からため息が漏れる。
「全く……俺達は何もしてないっていうのにな」
誰がそう溢したか、そんな悲哀の嘆きが、広い作戦室内にやけに大きく響き渡った。




