【第三部】第十九章 “中つ国”の名君
――“中つ国”大陸・人界――
“中つ国”大陸で人間が住まう地――“人界”は、大別して五つの都で構成されていた。
中央……“央都”
北……“北都”
南……“南都”
西……“西都”
東……“東都”
大陸中央に央都が首都として存在し、その東西南北に各都が守護として設けられていた。
また、東西南北の隣接する都間は、すべて重厚長大な“長城”で繋がっている。つまり、央都を中央に据え、周囲を四角形の城壁で囲う構成をしているのだ。その四角形の各頂点が、央都以外の都となる。
この全周囲を囲う城壁は、“守護長城”と呼ばれる。
なぜこの様な大規模な施工をしたかは想像に難くない。この“中つ国”の背景事情による。
◆
およそ300年程前、人間と妖獣の間で大きな戦争が起きた。俗に言う、“中つ国人妖戦争”である。
この戦争で、人間側、妖獣側、どちらも多数の犠牲を出した。個体スペックが勝る妖獣に対し、人間は数と文明の利器にて応戦した。
その結界、双方疲弊し、不可侵の協定が結ばれた。その際、人間と妖獣は居住域を分けた。――お互いに干渉しなくて済むように。
自然豊かな“中つ国”外縁部は妖獣が、その内側――内陸部は人間が住み、それぞれ“獣界”、“人界”として居を構えた。隣国――ドゥーム国との関所および東の港を例外として、外縁部に人間の居場所は無くなった。
そして、自分達の領域に妖獣を一切立ち入らせないため、人間が建造した“全周囲を囲む城壁”こそが、その役割から“守護長城”と呼ばれるようになる。
その名から察せられるように、人間は、守護を城壁に求めた。自分達が安心して暮らしていけるように……。
――これが、“中つ国人妖戦争”の帰結だった。
◆
――央都・城内作戦室――
「まだ犯人は見つからないのか!!」
国の重鎮がそろう作戦室内で、宰相のヒステリー声が響き渡る。作戦室内には重苦しい空気が立ち込めており、誰からも宰相に対する返答は無い。
宰相は長机を囲って座る面々を見回し、なおも言い募ろうとしたが――
「落ち着くのだ宰相よ。調査が芳しくないのは遺憾だが、皆、全力で事に当たっている。怒鳴っても仕方あるまい」
「――はっ! 失礼しました!」
上座に座る、豪勢な衣服に身を包み王冠を戴く男――国王“曹権”が窘めると、宰相は大人しく引き下がった。
◆
この“中つ国”では、“名君”と称えられる曹権の治世が続いていた。戴冠は十七の時。若くして王となった曹権だが、その才を存分に発揮し、以来十年間、この中つ国では大きな混乱もなく平穏がもたらされていた。
――いや、一度だけ大混乱に陥りかけたことがあった。今からおよそ3年程前――新暦1072年に、東の海を越えた先にある島国――“和国”で、人間と妖獣の大きな戦争――“和国人妖戦争”が勃発した。
人間は敗れ、船で大勢がここ“中つ国”に亡命してきた。その時も今のように国の重鎮がこの作戦室に集まり、国難に相対していた。
その際、難民となった和国民を、『奴隷として使うべき』、『受け入れは定員を定め超過分は見捨てるべき』など、過激な意見も出た。この“中つ国”の利害を考えて発せられた意見であり、誰が責められようか。
だが――
曹権は“全員を受け入れた”。“奴隷としてではなく、国民として”。そうすると曹権が明言した時の作戦室内の紛糾度合いといったら、今でも語り草となっている。『非現実的だ!』『理想だけで政治はまかり通りませんぞ!』などなど。
しかし、それでも曹権は引き下がらなかった。
『妖獣との戦争、決して他人事ではない。今我々がここに立っていられるのも、300年前の戦争で、和国の援助があったからこそだ! 歴史書も口伝も、当時の感謝を忘れぬよう、語り継いでおる。隣人は助け合わなければならぬ。――予の名に誓い、すべての者に安寧を与えると誓おう!!』
誰もが無理難題と思った国難を、国王自らが乗り越えて見せると啖呵を切ってみせた。臣下達は、己の不甲斐なさを恥じ、そして、我が身大事さにより、恩を返すという道徳や誇りすらも見失っていたことを恥じた。
そして、それを契機に、皆が協力して難民を受け入れる流れに変わった。曹権自らも施策をいくつも打ち出し、臣下に差配し、“そのすべてをやり遂げた”。
もちろん、民衆の混乱から躓くことも多かった。だが、曹権は決して諦めず、計画を適正化しつつもやりきった。
――そうして、今日に至るまで、“中つ国”全ての国民が平等に安寧を享受できる世が築かれたのだった。
元より名君として称えられていた曹権だが、今や信仰心すら抱かれている。難民を含め、国民からの信頼はすこぶる厚い。
曹権は才ある者を重用した。今、重鎮の集うこの場にも、難民出身は何人もいる。
そんな名君を戴いての“中つ国”全体での妖獣との戦争。一部、パニックに陥り関所に押し掛ける者は出たが、多くの国民は不安ながらも、希望を失わずに臨んでいた。




