【第三部】第十七章 和やかな夕食でのピンチ
【時は少し戻り、アレン達が隠れ里に着いた夜】
――“中つ国”人界西部・隠れ里――
「おお! “茶碗蒸し”だと!? まさかここでも食べられるとは!」
「あんたの好物だから用意してたのよ。大げさね」
春に連れられ、家に招かれたアレン達は、夕食を振舞われる。事前に念話で楓に連絡していたからか、たくさんの料理が所狭しと並べられていた。どれも、“和国”由来の料理だ。
エーリッヒ達の用意してくれた食事程豪華ではないが、一品一品に作り手の愛情が込められているのがわかる、家庭の味だった。
「お口に合うかはわかりませんが、あなた達も遠慮なく食べてくださいね」
「はい。おいしいです。和国料理ってあまり食べたことないですし」
「ああ! お袋の味って感じだな!」
「……おいしいです。特に、この“肉じゃが”っていうのとか」
和国出身でないエーリッヒ、ラルフ、レインからの評判もよかった。春も嬉しそうに笑っており、アレンもどこか懐かしさを感じて顔をほころばせる。
◆
「雷牙さん、お酒もありますよ!」
「む! いや、それは流石に……頂こう」
「すまない。俺もいいか?」
「ルーヴィアル! はしたないわよ?」
「気にしないでください。たくさん飲んで、食べてくださいね」
楓達の方も盛り上がっている。あちらは呑兵衛組と言えばいいだろうか。サンクエラは違うだろうが、雷牙とルーヴィアルは嬉々として注いでもらった酒を飲み始めていた。
「かぁ~~~っ! この酒は一体何だ!? “芋”ではないな?」
「ああ! これはうまい!」
「それは和国のお酒ですよ。“お米”から作ってるんです」
「お米ってこれのこと? このふっくら瑞々しくておいしいの」
みんな和国の酒と米に夢中になっている。サンクエラはお酒は飲んでいないが、炊き立てのご飯に夢中になっている。これからこの里で暮らしてもらうことになるから環境の変化がストレスにならないか心配だったが、食事は合いそうでよかった。ルーヴィアルも酒が気に入ったようなので問題無いだろう。
◆
「ご主人! はい、あ~ん! にゃ♪」
「ああ! 琥珀ちゃん! 抜け駆けはダメでありんす!」
「そうじゃそうじゃ!! ――我が君。はい、あーん!」
「お、おう……」
アレンは琥珀や稲姫、青姫に匙を差し出されていた。順番に食べていく。まるで餌付けされている気分だったが、みんなが喜んでくれてるのでよしとしよう。
「お兄ちゃん……更にパワーアップしてない?」
「神楽もいい歳なんだから、そろそろ“相手”を紹介してくれるのかしらね?」
それを見ていた楓が呆れたように、春が嬉しそうにちょっかいを出す。
――だが、楓はともかく、春の発言がマズかった。
◆
「ご主人とは“子作りの約束”をしてるにゃ!」
「わっちも!」
「――――な!?」
「……!?」
「一体、いつ俺がそんな約束をした!?」
琥珀が爆弾発言をし、稲姫がそれに乗っかり、青姫とレインが絶句する。レインは動揺のためか、匙を取り落としていた。楓が拾って新しいのを用意してあげている。
「か、神楽? ――二人をお嫁さんに迎えるの? そりゃ、一夫多妻の家庭もあるけど……」
春がどこかオロオロした様子でアレンや琥珀、稲姫を見ている。というか、重婚――“一夫多妻”はいいのか!? アレンはそっちの方に動揺する。
「お兄ちゃん! ちゃんと責任を取らないとダメだよ!?」
「何の責任だ!?」
楓の介入にアレンがつっこむ。――俺が何をしたと!
「ご主人は“半妖の生まれ方”の話をした時、うちらからの子作りのお願いを断らなかったにゃ! 『やることがすんだら』って約束したにゃ!」
「そうでありんす! だから早く片付けるでありんすよ!」
うっ! 思い出した……。アレンは「今は他にやることがあるだろ?」とその場しのぎでごまかしたつもりだっが、琥珀や稲姫はそれを条件付きの受諾と取った様だ。不覚……!
そのまま話がまとまってしまいそうだったが、そうは問屋――いや、青姫が許さない!
◆
「わらわ抜きで何を勝手に話を進めておるのじゃ!? 我が君とは、わらわが結婚するのじゃ!! 我が君はもうだいぶ前、和国におる時には既に、わらわの両親とも挨拶をすませておるのじゃからな!!」
アレンとしては今度こそ初耳だ。――え!? 何それ知らないんだけど! ただ、一つ引っ掛かることが――
『我が君! 今度わらわの里へ共に参ろうぞ! ――なに、ちとわらわの伴侶として母上達に紹介するだけじゃ!』
青姫のことを思い出した時、このセリフだった。まさか俺はこの後、青姫のご両親に挨拶を……? アレンは冷や汗を流す。
「神楽……流石にお母さん、これはどうかと思うわよ?」
「お兄ちゃん……“最低”」
「お、俺は記憶を失ってて……それでな……?」
春と楓から蔑んだ視線を向けられる中、オロオロとアレンは弁明する。だが――
「うぅ……!」
「いや、青姫、違う! ――違わないけど、そうじゃないんだ!」
青姫の目がうるうると潤み、今にも泣き出してしまいそうだった。混乱しながらもアレンは泣き止ませようとするが、上手くいかない。そんな時――
◆
「……」
レインがスッと手を挙げていた。――何だろう、お手洗いかな? アレンは案内しようとレインに声を掛けようとするが――
「……私も」
「何が!?」
「おお! レイン! ついに行ったか!」
「うん。ハラハラしながら見てたけど、ようやくだね」
ラルフとエーリッヒは訳知り顔で喜んでいる。当のレインは顔を真っ赤にして、アレンの方をちらちらと見ていた。この前のダークホース事件では、お酒がだいぶ回っていたからかもしれないと思っていたが、まさか本当にそういうことなのか!? アレンの混乱は極限に至る。
◆
皆が見守る――いや、逃がさないと視線を釘付けにする中、アレンは返答を求められる。いや、何でこんなことになってるんだ!? と思わなくもないが、今答えを出さないといけないみたいだ。
「み、皆の気持ちはとても嬉しいんだけど、今はやっぱりその……やらなきゃいけないことがあって、生きて帰れるかもわからないから、早まりたくないんだ」
アレンは自分の素直な気持ちを打ち明ける。――ふと、頭の中に、例の少女やエリスが浮かんだことは黙っておく。これ以上、状況を混乱させたくない。
どこかで、大きなため息が聞こえた。
「また危ないことをするつもりなの? もうあんたにはここで大人しく暮らして欲しいのだけど」
「そうだよお兄ちゃん! もうお兄ちゃんが苦しむ必要なんてないよ!!」
春と楓が、アレンの身を案じて止めようとしてくれている。その気持ちは有難いが――
「こればかりは譲れない。そして、取り戻す。――じゃないと、“俺は俺を許せない”」
“少女を、己の尊厳を”取り戻す。一族皆の仇も討つ。これは、アレンにとって絶対に譲れないことだった。アレンは決然とした顔で二人を見つめた。
「止めても無駄みたいね……まったく、誰に似たんだか」
「お兄ちゃん、記憶を失ってるって言うけど、その頑固さも忘れてくれたらよかったのに……」
春と楓は渋々ながらもアレンの決意を受け入れてくれた。――何気に楓の発言はかなり失礼だが。
何はともあれ、話はこれまでとアレンは切り上げようとするが――
「じゃあ、“お嫁さん”はその後にちゃんと決めなさいね?」
「うん。中途半端はみっともないよ? お兄ちゃん」
「――あ、はい……」
春と楓にきちんとそう締められる。カッコをつけた手前、何とも座りの悪いアレンだった。




