【第三部】第十六章 白虎の聖域にて
――“中つ国・西・白虎の聖域”――
「人間を取り逃がしただと……?」
「申し訳ありません、“白虎”様。ですが、次々に異様な術を用い、とても人間だけだったとは思えません」
“中つ国”西にある“獣界”の奥地。そこに、四神獣“西の白虎”の聖域があった。緑豊かな自然に囲まれ、近くには滝が流れ落ちている。清涼感漂うその聖域に、今、一体の神獣が訪れていた。
妖虎の神獣“猛鋭”。昨日の夕暮れ時、アレン達の馬車を襲った者達の大将だ。猛鋭は白虎に事後報告に来ていた。
◆
「人間だけでなかったとは言うが、まさか、妖獣と共にいたとでも言うつもりか?」
何を世迷い言をと、猛鋭の言い分を白虎が鼻で笑い一蹴する。だが、猛鋭は引き下がらなかった。
「我らの攻撃を妨げる程の強固な結界、召喚された漆黒の妖獣、そして、広範囲に降り注ぐ蒼炎の雨。これらを、人間の力だけで成し得たとはとても思えません」
漆黒の妖獣――<琥珀シャドー>と交戦していた猛鋭は、青姫の<蒼炎時雨>による仲間の被害もあって、撤退を余儀なくされた。
その際、せめて<琥珀シャドー>だけでも連れ帰ろうと仲間を呼び寄せて捕らえたはいいものの、もう用は済んだとばかりに、黒い霧となって消え失せてしまった。
その時になって初めて、猛鋭は<琥珀シャドー>が一時的に召喚された存在だと確信した。
漆黒の見た目から怪しさ満点だったが、それと交戦する手応えはまさしく本物であり、そんな存在と今までに相対したことが無い猛鋭からしたら、仕方無い反応だっただろう。まんまと足止めされてしまった訳だが。
猛鋭はその時のことを思い出し、屈辱に顔を歪めた。白虎はそんな猛鋭を気遣ってか、猛鋭の発言を一考する。
◆
「であれば、妖獣を従えるだけの強者であったということか? それも神獣クラスを複数。そんなことを成し得る人間がいれば、俺の耳に入ってこない筈はないが……」
「それは早計に過ぎるぞ、白虎」
ふと、上空から声が掛かる。白虎が見上げると、そこには思った通りの者がいた。
「朱雀か。気配が近付くのは感じていたが、急に呼び掛けるな。――で、何を知っている?」
四神獣“南の朱雀”。白虎と同格の“守護神”の一体だ。
朱雀は白虎達の近くに舞い降りると話を続けた。
◆
「“青龍”の聖域に行ってきたが、そこには、巨大な妖獣同士の戦闘跡があったわ。つまり――」
「“使役”しているというのか? 俺達妖獣を……人間如きが」
「バカな……」
青龍の気配が途絶えた際、聖域周辺にいた妖獣達からの情報で、仮面をつけた人間の集団が聖域から出てきたとの情報は白虎達もつかんでいた。
だが、人間が青龍をどうにかできるとはとても思えなかった。そこで、朱雀が飛んで行き、現場調査をしてきたという訳だ。
「であれば、猛鋭が追っていた一団も、其奴らの仲間ということか?」
「仮面はつけていないようでしたが……」
「しかし、神獣を連れている人間等、そうそういるはずもなかろう? 奴らの仲間だと考えた方がしっくりくる」
アレン達が聞いたら目玉が飛び出そうな程迷惑な話だが、青龍を襲った仮面の集団――“マスカレイド”とアレン達は、白虎達に同業者認定されてしまった。
あの時、猛鋭とキチンと話せていればこんなことにはならなかったかもしれないが、妖獣のテリトリーでいきなり妖虎の大群に襲い掛かられて逃げるなというのも酷な話だろう。
「あと、一人面妖な人間に出くわしたわ。『現場調査に来た』と言っていたが、何やら奇妙な気配を放つ奴でな。奴も手練れじゃ」
「取り逃がしたのか?」
白虎から少し非難めいた問い掛けをされた朱雀が嫌そうに顔を歪める。
「焼き尽くしてやったわ。――のじゃが、何かスッキリせん。だからこうして其方と情報を共有しておるのじゃ」
これ以上は朱雀の機嫌を損なうだけだと、白虎も引き下がる。そして、この先の話を持ち出した。
「敵を過小評価していたようだ。油断なく完膚なきまでに叩き潰す。――猛鋭。戦の準備は万事問題無いか?」
「はっ! 西域の各地に檄を飛ばし、現在も続々と名だたる者達が集結中です!」
「そうか。――だが、急がせろ」
「はっ!」
白虎達のやり取りが始まり、朱雀はもう用は済んだとばかりに、飛び去ろうとする。
「こちらも急ぎ軍備を整えるとするわ。“玄武”も進めているはずじゃが、こちらで使いを出しておこう。では――」
「ああ。次は戦場でな」
物々しい別れを済まし、朱雀が飛び去っていく。
「不逞の輩、絶対に討ち取ってくれる」
そう溢す白虎の目には、確かな戦意が宿っていた。




