【第三部】第十四章 <琥珀シャドー>、<蒼炎時雨>
――“中つ国”西の山中・東への出口間際――
「じゃあ、早速覚えたての新技披露だ! ――出でよ! <琥珀シャドー>!!」
「ご主人、ノリノリにゃ……」
アレンは<複製>を発動し、<琥珀シャドー>を召喚した。闇属性の魔素が凝縮し、漆黒のうねりが琥珀をかたどる。
琥珀と形は瓜二つだが、シャドーは漆黒なので容易に見分けはつく。アレンは琥珀シャドーに妖虎の神獣を食い止めるよう命じた。琥珀シャドーは馬車を飛び降り、颯爽と標的に向かい駆けて行った。
サンクエラが一時的に開けた結界の穴を通って琥珀シャドーが標的に肉薄する。妖虎の神獣が迎え撃ち、交戦が始まった。
◆
「う~ん……やっぱ、まだまだだな」
「うちならもっとやれるにゃ!! アレは“偽物”だからにゃ!!」
<琥珀シャドー>は押されていた。アレンが<複製>で造ったからだが、やはり能力は不十分だ。<肉体活性>はできても<闘気解放>まではできない。並の妖虎相手なら問題はないが、やはり神獣クラスが相手だと見劣りする。
アレンは思わず不満をもらすが、これは改善の余地有りと言いたかっただけで、決して琥珀を軽んじた訳ではない。だが、琥珀としては面白くないのだろう。馬車から飛び降りて向かおうとする琥珀の腕をアレンは慌ててつかんだ。
「――ちょ! 馬車は走ってるんだから、琥珀は出ちゃダメだって!」
「すぐに蹴散らして戻ってくるにゃ!! “名誉挽回”にゃっ!!」
本格的にジタバタする琥珀を羽交い締めにして止める。思ったよりも強い力で暴れられ、アレンとしても必死だ。
「ふむ……なら、わらわがなんとかしようぞ。馬車から降りなければよいのじゃろう?」
◆
青姫は馬車の中で上空に片手を上げ集中する。アレンは直上の広範囲に炎の塊が形成されるのを感知した。
「<蒼炎時雨>っ!!」
青姫が叫ぶと同時、辺り一面に“蒼炎”の雨が降りそそぐ。結界に守られているアレン達は無事だったが、妖虎達はてんやわんやの大騒ぎだ。
「……キレイ」
周囲一帯に降り注ぐ“蒼の雨”を見るレインから、感嘆の吐息がもれる。今は黄昏時であり、蒼炎の彩りは確かに幻想的な光景ではあるが、実際に食らってる妖虎達からしたら、たまったもんじゃないだろう。威力は他の技より控え目とはいえ、逃げ場の無い広範囲だ。触れた先から毛が燃えだしている。
神獣が咆哮を上げると妖虎達は追跡を諦め、次々と撤退していった。
◆
「スゴいじゃないか、青姫!」
「クフフ……♪ 我が君、もっと褒めるのじゃ!」
「ふんだ……」
アレンが青姫の働きを絶賛すると、不機嫌になる猫さんが一人。珍しくほっぺを膨らませ、腕を組み、そっぽを向いている。
「<琥珀シャドー>のおかげで神獣を足止めできたんだし、スゴく助かったよ!」
「な、ならいいにゃ……」
シャドーだが、琥珀のことも褒めるとピクピクと猫耳が反応しており、嬉しそうだ。何はともあれ、機嫌を直してくれそうで何よりだ。
「もうすぐ山を抜け、“人界”に出ます。そこまで行けば、ひとまずは安心でしょう」
エーリッヒが言う通り、それから間もなくして山を抜け、平野に出た。
「馬に追いかけられなくなったと思ったら今度は虎とか、ほんとに散々でありんす……」
稲姫が口をとがらせながらもらす不満がおかしく、皆で笑い合うのだった。




