【第三部】第十二章 関所の混乱
――馬車内――
それからしばらく馬車は東の街道を進み、また夜が来た。見晴らしのいい場所で野営し、明朝、再び東へと進んで行く。そして――
「そろそろ“中つ国”との国境に差しかかるよ」
「また関所だな」
エーリッヒ達の言う通り、馬車は“中つ国”の国境近くまで来ていた。ドゥーム国は南北に領土が広がっており、東西間はそれ程の距離ではなかった。
時折、アレン達は楓に<念話>を繋いで状況を確認しているが、まだ開戦はしていないとのことだ。だが、人間も妖獣も軍備を整えているらしく、物々しい雰囲気になっているらしい。もうあまり時間は残されていなさそうだった。
関所へ近づくに際し、以前の如く、周囲を警戒している狼達を荷台に乗せて布で覆い、妖獣の皆には耳やしっぽ、角を隠してもらった。
そして、関所にたどり着いたアレン達は、“中つ国”の逼迫した状況を目の当たりにする。
◆
――“ドゥーム国”東端・関所――
「皆さん! “中つ国”からの脱国は認められていません! お引き取り下さい!」
「ふざけるな! ここまで来て帰れるか!」
関所は大勢の人でごった返していた。妖獣との戦争になると聞いた民衆が、“中つ国”からの亡命を求めて殺到しているのだ。中には赤ん坊を抱いた母親もおり、皆の必死さが伝わってくる。
だが、“中つ国”の上層部から、退去不可の通達が出ているのだろう。衛兵達は、民衆を押しとどめ、引き返す様に忠告を繰り返す。軍から派遣されてきたのだろう大勢の軍服を着た者達も混じっており、殺伐とした雰囲気をかもし出している。
――そして、ついに事件は起きた。
◆
「キャアァッ!!」
女性の悲鳴がした方を見ると、強引に突破しようとした中年の男が、見せしめと言わんばかりに衛兵達に取り押さえられていた。そして、武器を突き付けられ、元の場所に放り投げられる。
「これ以上ゴタゴタ抜かすようなら、実力行使も辞さぬぞ!!」
衛兵の中でも特にガタイのいい男が剣を掲げて叫ぶと、大勢の民衆が気後れして引き下がる。これで混乱も収まるかと思われたが、それは甘かった。
「――う、うわぁっ!!」
離れた場所から男の悲鳴が聞こえてきた。そちらを見ると、帰路からそれる方角――関所正面でなく脇から抜けようと静かに向かっていた者が、矢に射られ倒れ伏していた。地面には鮮血が広がっている。
アレンが周りを見回すと、塀の上で矢を射た後の残身を取る衛兵が、油断なく視線を巡らせて次の獲物を探していた。高所を陣取られ動きを見張られたら、民衆はどうしようもないだろう。喧々囂々とした悲鳴や怒号を上げつつも、後退しつつあった。
◆
「まるで、“あの時”の様にゃ……」
「うむ。“和国”での戦争の時も、こんな感じであったわ」
苦虫を噛み殺した様な表情で、琥珀と青姫が関所の混乱ぶりを見つめる。二人は過去の“和国”での戦の際、アレンの指示通り、神盟旅団の生き残りを連れて、非戦闘民達と一緒に“中つ国”に亡命した。その際に見た光景の事を言っているのだろう。
「しかし、困ったね……この様子だと、馬車内を厳しく検められるのは間違いないだろうし」
「……狼達がバレる」
エーリッヒとレインの言う通り、このまま関所に向かうのは、要らぬ混乱を招くだろう。ただでさえ妖獣と人間が戦争を始めようとしている今この時に、人間が妖獣と連れ立って入国するなんて、変に勘繰られて当然だ。アレンは自分の見積もりの甘さを反省するが、今は別の方法を考えないと。
そんな時――
「じゃあ、危ないが向こうの山を通るか。あそこは妖獣のテリトリーだからできれば通りたくなかったが、そうも言ってられないだろう」
ラルフからの提案だ。関所を北にそれてしばらく進んだ先に山がある。遠回りだし危険だが、このままここで手をこまねいていても仕方が無いだろうと。今に開戦してもおかしくない状況なので一刻が惜しい。アレン達に否やを唱える者はいなかった。
「ええ。そうするしかなさそうですね。楓達の潜む隠れ里はその山を抜けた先、南東寄りに進んだところにある森の中です。サンクエラ――」
「ええ。<結界>は任せて」
アレン達はうなずき合い、関所を北にそれ、山へと向かった。




