【第三部】第九章 <複製>①
――ドゥーム国・東の街道――
馬車は更に東にひた進む。そんな車内――
「アレン、何をやってるんだ?」
「ん? <複製>の練習だよ」
アレンは、“神槍グングニル”の<複製>を何度も試す。そして、ため息をついた。
「やっぱりだめかぁ」
「……? 同じのができてると思うけど?」
レインも興味を持ったのか、アレンの手元を覗き込む。アレンの左手にはオリジナルの“神槍グングニル”が、そして右手には複製品が握られていた。
複製品は闇属性の魔素から造っており、漆黒なので見分けは容易だ。ただ、色はともかく、造形については、レインにオリジナルとの違いはわからなかった。
「形を似せるのはできるんですよ。――問題は“能力”で」
「ああ、そういうことか。――“劣化”してるんだな?」
ルーヴィアルがアレンの意を汲み、察してくれる。アレンは頷き返し――
「そう。この“神槍グングニル”はオリジナルのスペックが高すぎて、その性能までは十全に<複製>できないんだよ」
「それは仕方あるまい。それは“神託武器”、俺にも無理だ」
「う~む……何が足りないのじゃ?」
青姫も会話に入ってきた。よくぞ聞いてくれましたとばかりに、アレンは解説を始める。
「“神槍グングニル”の特徴は三つある。一つは、“高い貫通力”だ。“一角獣”の<結界>すら突破する、すさまじいまでの突破力がある。もう一つは<身体能力強化>。その名の通り、装備者の能力を底上げするんだ。そして、最後の一つは<必中>。投擲すれば追尾して標的に当たるまで止まらない」
皆がふむふむと頷くのを確認し、アレンは話を続ける。
「つまりだ。俺には、この三つの特徴を兼ね備えた槍は<複製>できないんだ。“高い貫通力”をそのまま維持しようとすると、どうしても<身体能力強化>や<必中>を同時に備えるのは難しくなる」
「でも主様。次々と槍を造っては“一角獣”達に投げつけていたではありんせんか」
「あれは、“貫通力”と<必中>の強度を調整したものを大量に作ってたんだよ。オリジナル程の貫通力は無くて、微ホーミングするものって言えばわかりやすいかな」
“一角獣”達との戦闘に立ち会った稲姫が発する疑問はもっともだが、あの時はその場しのぎで、使えればいいぐらいの感覚でがむしゃらに造っていたのだ。
「こればかりはどうしようもないな。鍛えれば造れる物の上限も上がるから、数をこなすしかあるまいよ」
<複製>の先輩であるルーヴィアルがそう言うのだから、そういうものなのだろう。
アレンも「そうだな」と返し、この話はこれで終わりとばかりに複製品を手元から消すが、ふと思い出したことがありルーヴィアルに尋ねてみた。
「そう言えば、ルーヴィアルは“一角獣”を複製してたよな? 生物の<複製>ってどうやるんだ?」
◆
「槍と同じだ。生物に対し<侵食>を使い、情報を読み取って<複製>してるだけだ」
「そうか。――じゃあ、ルーヴィアル。<侵食>させてくれないか?」
話の流れでお願いしてみたが、ルーヴィアルの機嫌が急降下する。
「アレンよ。<侵食>とは、言わば相手を自分の支配下に置く“支配”が本質だ。軽々しくそんなことを言ってはならん」
「あら、ルーヴィアル。私の同胞を<侵食>していたのでしょう?」
「そ、それはだな――」
サンクエラから指摘され、ルーヴィアルがうろたえる。
「アレンも、別に“支配”が目的じゃないんでしょう?」
「ああ。ルーヴィアルの複製に乗って移動出来たら、凄く便利だと思うんだ」
「それはそれで、何か嫌だがな……」
ルーヴィアルがため息をつき――
「まぁいい。お前には恩があるからな。――だが、情報を読み取るだけだぞ? 情報を読み取ったら、<侵食>は解除してくれ」
「わかった。サンキューな!」
ルーヴィアルの了解を渋々ながらも得られたので、アレンは早速<侵食>を試みる。あぐらをかいているルーヴィアルの背に手を置き、<侵食>を発動する。
ルーヴィアルの情報がアレンの内に流れ込んでくる。そして、完全に掌握したと思えたところで、約束通り<侵食>を解除した。
「ありがとう! じゃあ、早速――」
アレンは場所の御者台に移動し、手を前に突き出す。それに気付いたエーリッヒが急いで馬車を止めた。
「――ちょ、アレン。何かやるなら言ってからにしてくれ」
「あ、すみません。ちょっとだけ時間をください」
皆が見守る中、アレンが<複製>を発動する。すると――
闇属性の魔素が集まり、地面から黒い塊が盛り上がる。塊はグネグネと形を変え、やがて二本角の黒馬となった。――言うなれば、<ルーヴィアルシャドー>の誕生だ。シャドーは獣化版でも人化版でも自在に造れるようだった。
「おお! 馬にゃ!!」
「見事だ。――正直、自分の<複製>を見るのは複雑な気分だが……」
「よかったわね、アレン」
皆が賛辞を送ってくれることに気をよくし、アレンは馬車から降りて、獣化したルーヴィアルのシャドーにまたがる。鞍と手綱も再現していたので、騎乗に問題は無い。
「ご主人だけずるいにゃ!」
「わっちは“一角獣”達に追い掛けられて少しトラウマだから、しばらくはいいでありんす……」
琥珀が馬車から降りて、アレンの後ろに飛び乗ってきた。両手をアレンの腰に回し――
「じゃあ、行くにゃ! ハイヨー!」
「わかったわかった。じゃあ、行くぞ!」
アレンは琥珀と一緒にルーヴィアルシャドーにまたがり、駆け出していった。
「やれやれ。じゃあ、僕らも行こうか」
エーリッヒがため息をつきながら馬車を再発進させ、アレン達の後を追うのだった。




