【第三部】第五章 青龍のいない聖域にて
――“中つ国・東・青龍の聖域”――
「あ~あ……、こりゃ酷い」
青龍の聖域に、人間の男が一人たたずむ。
黒のハット帽とローブ、そして腰に短剣を身に付ける中年の男だった。
男は、顎の無精髭をさすりながら独りごちる。
「どんだけ規模のでかい戦いを繰り広げればこんな有り様になるんだよ」
男は目の前の光景――青龍と襲撃者の戦いによる傷跡と思われる惨状――を見て回る。木々は焼け、地面には巨大な窪地ができ、建物は原型をとどめぬ程破壊されていた。
「さて、何か痕跡は……と。――ん?」
男は急に襲ってきた嫌な予感に従い、バックステップで距離を取る。一瞬遅れて、先ほどまで男のいた場所に、紅蓮の炎が通り過ぎた。なおも炎はその場で燃え盛っている。
◆
「――人間が。懲りもせずに余らの聖地を荒らすか」
「――おいおい。マジかよ……」
男が声の聞こえた方――後方上空――を見ると、紅蓮の炎にその身を包む巨大な妖鳥が翼を広げてそこにあった。
――四神獣“南の朱雀”。“中つ国”の妖獣達が崇める“守護神”の一体だ。
男も直接会うのは初めてだが、存在はよく聞き知っていた。――いや、ここ“中つ国”にいて知らない者はいないくらいの“大物”だった。男は、自分の間の悪さにため息をつく。
「あ~……。黙って入って来たのは悪かった。だが俺は、そちらの青龍さんをさらった奴らの足取りを調べるために来たんだ。――ここは一つ、見逃しちゃくれないか?」
男はここに来た目的を正直に伝え、朱雀との交渉を試みるが――
その返答は過激なものだった。
「うわっとっと! ――俺じゃなきゃ、もう二回死んでるぞ!?」
「貴様が奴らと無関係という証拠がどこにある! 無断で聖域に足を踏み込んでおきながら、どの口がほざくか!」
再び紅蓮の炎に襲われ、男が慌てて回避した。朱雀は激昂しており、交渉の余地は無さそうだ。
「わかったわかった! 出ていくから攻撃するな!」
「痴れ者が! 生かして返すと思うか!!」
朱雀が三度目になる紅蓮の炎を吐き出すと、男が炎に飲み込まれた。男は顔を苦悶に歪めながら喉を手で押さえ、炎の内に倒れふし――そして灰となった。
それを見届けた朱雀は、苛立たしげにどこかへと飛び去って行く。
――そして、それを岩影に潜み見送る“男”はホッと一息つき、表に出た。
「やれやれ。――じゃあ、さっさと調査して帰りますか」
男はふてぶてしくも、現場調査を再開した。
◆
――???――
「あ~……。死ぬかと思ったわ」
「それで、収穫は?」
男は“中つ国”内にあるギルドの拠点に戻ってくるなり、ドカッとソファーに腰を下ろす。迎えた女は男にねぎらいの言葉もなく、成果報告を求めた。男もそれに慣れているのか、特に不満はない。
「ダメだな。あの巨体を引きずったり荷車に乗っけて行くなら跡が残るが、その形跡は無かった」
「空輸は?」
「あれだけの巨体を運べる飛行体なんて聞いたこともないな。それよりも、“何らかの方法でコンパクトに運べる手段”があるのかもしれん。――まぁ、その方法がわからんのだけどな」
男は両手を上げ、お手上げのポーズを取った。――ちょうどその時、部屋の扉が開き、優男が部屋に入って来た。
「やぁ、“ルーカス”。戻ってきてたんだね。――その様子じゃ、結果は芳しくなさそうだね」
「あぁ、悪い。“朱雀”には襲われるし、踏んだり蹴ったりだわ」
「それは怖い。よく生きてたね!」
優男は何が面白いのか、楽しそうに笑う。男――ルーカスも慣れているのか、気にした風もない。
「じゃあ、悪いけど、引き続き調査を頼むよ。僕らは“戦争に備えて”準備を続けるからさ」
優男が事も無げに言う。“戦争の準備”と聞いたルーカスが苛立ちまぎれに舌打ちし、女に咎められた。
「仕方無いでしょう? 妖獣達に襲われて大人しく殺される訳にはいかないんだから。そうならないために、あなたに犯人の調査を頼んで――」
「いや、ルーカスに任せっきりなのは申し訳なく思ってるよ。調査が得意な他のメンバーも頑張ってはくれてるけど、やっぱり一番の頼りは君なんだ。――頼むよ」
ルーカスを咎めようとする女を制止し、優男がフォローを入れる。そこには、先ほどまでの軽々しさはなかった。
この切り替えの上手さこそが、優秀だけど曲者が揃うギルド――“宵の明星”で、優男を“ギルドマスター”たらしめているのだった。
ルーカスは面白くなさそうに鼻を鳴らし、そして部屋を出ていった。




