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神の盟友  作者: 八重桜インコ愛好家
【第二部】“旅立ち”編
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【第二部】第六十一章 ジェニス

――“神界・一角獣の里”――



「ふふふ……完璧だ」


 寝所を見回し、インヴィリスは満足げにニヤリと笑う。


 ジェニス達がサンクエラを連れ戻すために里を発って以来、インヴィリスはひたすらに準備を進めてきた。――そう、サンクエラを“もてなす”準備を!


 キングサイズのベッドに数々の器具、豪勢な食事、考え得る限りの趣向を凝らした。手洗い所や風呂も完備している。サンクエラが戻ってきたら、この部屋に軟禁し、一歩たりとも外へは出さないつもりだ。


 それだけでなく、自分もここに住む。しばらく引きこもったところで、“次期族長”の座を約束されている自分に文句を言える者などいる訳がない。父――現族長は小言を言いそうだが、それくらい、どうとでもなる。


 はやる気持ちを抑えられず、インヴィリスがキングベッドにダイブして身もだえていた、ちょうどその時――


 コンコンとドアがノックされる。夢見心地を邪魔され、インヴィリスの唇が(とが)った。


「何だ?」

「ジェニス様がお見えになられました。応接室におられます」

「おお! ついに戻ったか! ――今行くと伝えておけ!!」


 「かしこまりました」と、使用人がドアの前から去って行く。ようやくのサンクエラとの対面だ。インヴィリスは鏡を見て髪型を手櫛で整えた。



「サンクエラ!!」


 インヴィリスが勢いよく応接室の扉を開く。しかし――


「――ん? ジェニスだけか? サンクエラはどうした?」


 応接室にはジェニスと使用人、付き人しかおらず、肝心のサンクエラが見当たらない。


「――申し訳ございません。取り逃がしてしまいました」

「――――――は?」


 時が止まる。――かと勘違いする程の痛い静寂が部屋に満ちた。ジェニスは片膝をつき、顔を伏せている。



「――お前が、どうして?」

「サンクエラ様を(さら)ったと思われる“二角獣”達と交戦し、――敗北致しました」


 阿呆みたいに口を開けて状況を飲み込めない――いや、受け入れたくないインヴィリスが、わなわなと肩を震わせる。


「“神槍グングニル”も持ち出したと聞いていたが?」

「……申し訳ございません。神槍を使えど敵わず、――神槍も持ち去られました」

「愚か者が!!」


 インヴィリスはカッと頭に血を上らせ、近くにあったテーブル上のグラスを手に取り、中身をジェニスにぶちまけた。


「“神託武器”を使い敵わなかったあげく、奪われただと!? ――貴様、どの面下げて戻ってきた!!」

「――面目次第もございません」


 インヴィリスは荒れる呼吸のまま、ジェニスに近寄り頭を踏みつけた。使用人や付き人が止める間も無い、一瞬の出来事だった。



「貴様! 覚悟はできているのだろうな!?」

「――貴様、誰の頭を踏みつけている?」


 ジェニスの態度が豹変した。踏みつけているインヴィリスの足首を掴み、万力の力で握り込んだ。


「い、いた、――や、やめ!」

「このままへし折ってもいいんだぞ?」


 顔を上げたジェニスと目を合わせたインヴィリスが戦慄する。


 それは、インヴィリスの知っている従順な下僕としてのジェニスではなく、誇りを傷つけられ憤慨している“戦士”としてのジェニスだった。


 ジェニスが顔を伏せていたためインヴィリスは知り得なかったが、この会話中もジェニスはひたすら屈辱に耐えていた。己の誇りを傷つける謝罪を繰り返し、自分の不甲斐なさを呪いつつも罰を受けるつもりだった。だが――


「貴様……欲しい物があるなら自分で取って見せろ。その気概すらない軟弱者が」

「お、お前、誰に物を言って――」


 頭を踏まれ、ジェニスの忍耐が限界を突破した。インヴィリスの足首を握る手に力を込める。嫌な音が鳴った。


「い、痛い痛い! ――やめて!」

「――ふん」


 つまらなそうにジェニスが足首を掴んだまま、壁に向けてインヴィリスをぶん投げた。屋敷に轟音が響く。



「何事だ!!」

「――こ、これは一体!?」


 物音を聞き駆け付けた衛兵達が、部屋の中を見て愕然(がくぜん)とする。インヴィリスが泣きながら頭や足首を抑えて(うずくま)っており、どこか遠くを見ながらジェニスが(たたず)んでいた。


「ジェニス様……これは一体」

「私がやった」


 ジェニスは自分の両手首を(そろ)えて衛兵達に差し出す。捕まえろと言わんばかりに。


 だが――


「私は何も見ていませんし、聞いてもいません」

「俺もです」

「お前達……」


 衛兵達は、笑って取り合わない。


「貴方がこんなことをしでかすなんて、よっぽどのことだったんでしょう? ――行ってください」

「だが、それでは、お前達が――」

「なぁに、スカッとさせてくれたお礼みたいなものですよ!」


 日頃、衛兵達もインヴィリスには思うところがあったのだろう。いい顔で笑って頷く。ジェニスは迷いながらも――


「すまない。恩に着る」

「早く行ってください」

「裏口から出た方がいいでしょう」


 ジェニスは頷き、すぐさま応接室を出て行った。


「さぁて、――どうする、相棒?」

「カッコつけた手前、やるしかないだろ……」


 衛兵達は顔を見合わせ、ため息をついた。そして、面倒な事後処理に当たるのだった。


――“一角獣の里”・裏手出口――



「お兄さま!!」

「――ヴィンティアか」


 ジェニスが里の裏手から出立しようと足を踏み出そうとした、ちょうどその時――


 背後から声が掛かった。ジェニスが振り返ると、妹の“ヴィンティア”がそこにいた。


 ジェニスを敬愛してやまず、「最高の男性はお兄さま以外にあり得ません!」と、人前でも豪語してやまない妹だが、族長の屋敷での事件を聞き、いなくなったジェニスを村中探し回っていたのだった。


 そして、ようやく見つけた兄――ジェニスは、里から出て行こうとしている。


「すまない。家やお前に迷惑をかける」

「どうして、こんなことを!?」


 ジェニスは数瞬悩み、――そして、ヴィンティアの目を見て己の気持ちを正直に語り出す。



「強い奴に会って……自分の未熟さを知った。――私は、井の中の蛙だった」

「そんな! ――お兄さまが!?」


 最強と信じる兄の敗北を信じられないヴィンティアが狼狽(ろうばい)する。


「事実だ。“純白の番人(アルバストス)”などと呼ばれ、図に乗っていたんだろうな。――私は、自分を鍛え直したいんだ」

「――そんな! お兄さまに限って、そんなことは!!」


 ヴィンティアが必死に否定しようとするが、ジェニスは首を振る。


「それについては、もう心の整理はついているんだ。ただ今は――強くなりたい……。そして、あの人間――“アレン”と、“二角獣(バイコーン)”――“ルーヴィアル”に、必ず雪辱を晴らす!!」


 ジェニスの目には闘志が宿っていた。


 ジェニスは、戦闘時の会話から“アレンとルーヴィアル”――宿敵の名前を記憶していた。もう一人稲姫もいたが、ジェニスの目には、アレンとルーヴィアルが宿敵として焼き付けられていた。


――二人からしたら、はた迷惑な話だが……。


 初めて見る兄の荒々しい気迫に、ヴィンティアが思わず喉を鳴らす。



「だから、私は旅に出る」

「どこに行くのです?」


 ジェニスは出口の先――より、もっと先を見据える。


「そうだな……各地を巡ろうと思う。そして、修行して十分に強くなったと思えたら、“ヘファイストス”様に会って、失った“グングニル”に代わる武器を“神託”してもらえないか頼もうと思う」


 そう語るジェニスの口調はどこか楽しげだった。まるで、まだ見ぬ世界へ踏み出そうとする子供の様な――



「じゃあ、私も付いて行きます!!」

「――はぁ!? どうしてそうなるんだ!?」

「お兄さまのいない生活に私が耐えられるとでも?」

「いや、胸を張って言うセリフじゃないぞ? それ……」


 ジェニスは頭をかきつつ、ヴィンティアをどう説得するか頭を悩ますが――


「置いて行くなら、全力で追いかけるまでです! ――それより、早く行きましょ、お兄さま!!」

「流石にこれはダメだろ!? ――え!?」



 満面の笑みのヴィンティアに手を引かれ、ジェニスは里の外に足を踏み出した。なんともカッコのつかない旅立ちだったが、二人の顔には、確かに希望や期待が満ちていた。



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