【第二部】第五十六章 開戦 “一角獣部隊”
――“セラーレの森”・結界領域北部――
「予想以上に大規模な結界だな。――右翼、左翼の状況はどうなってる?」
「ハッ! いずれからも、発見の報告はありません!」
ジェニスは正面部隊として北部から進行していた。未だ、サンクエラ発見の報は入らない。推定以上に結界の規模が大きかったようだ。サンクエラの力を甘く見積もっていたと、ジェニスは歯噛みする。
“セラーレの森”は草木が生い茂っており、疾走に適さない。地面から盛り上がっている木の根や横に広がる枝など、障害物も多い。どうしても、進軍の効率は上がらなかった。
ジェニスは邪魔な木を直剣で斬り飛ばしながら先に進む。ジェニスは槍の方が得意だ。だが、今持つ槍は“一角獣”一族に与えられた“神託武器”の“神槍グングニル・プリミス”だ。決して粗雑に扱ってよいものではない。
“神オーディン”の持つオリジナルを元に生み出された“グングニル・プリミス”だが、その性能は常軌を逸している。
装備者の身体能力を強化する上、凄まじい貫通力を持ち、投擲すれば狙い違わず標的に命中する“必中の必殺武器”だ。
オリジナルと異なり、投擲後に自動で手元に戻ってくることはないが、敵を殺した後に回収すればいいだけだ。これを使えば、敵は間違いなく死ぬのだから。
普段は宝物殿に眠らせているこれを持ち出したのは、サンクエラを誑かしたという“二角獣”を確実に仕留めるためだ。
この槍が無くても問題は無いが、全力で事に当たる決意の表れとして、あえて持ち出してきた。――それほど、ジェニスの“二角獣”に対する“憎悪”は根深かった。
◆
――結界領域・中部――
「ルーヴィアル、苦しくないか?」
「若干鬱陶しいが、構わない。騎乗にはこれが必要なのも理解している」
アレンと稲姫は獣化して黒馬となったルーヴィアルに騎乗していた。――鞍と手綱を付けて。
ルーヴィアルは最初こそ嫌そうだったが、もう慣れたのだろう。今の様にチクッと嫌味をこぼすだけで、それ以上は何も言わない。
「今回の旅は、ほんとに馬と縁があるでありんすね」
稲姫はアレンの腰に抱き付いていた。稲姫にとっては初めての馬車の旅に始まり、“一角獣”や“二角獣”との出会いだからな。そう思うのも無理はない。
「じゃあ、そろそろ始めようか」
「ああ、俺達は囮だからな。――盛大にかませ!」
アレンはリクエストにお応えするため、今の自分が一番広域に展開可能な技能を選択した。
◆
――結界領域・南部――
「にゃはは! ご主人、絶好調にゃ!」
「あれはアレンがやってるの?」
森に広範囲に<蒼炎>の壁が立ち上り、森を明るく照らす。火事にならないか心配だが、そこら辺は上手くコントロールしてるようだ。
琥珀達はサンクエラと赤ん坊を連れて、“セラーレの森”を真っ直ぐ南下していた。
琥珀は背にサンクエラをおぶり、胸元に赤ん坊を大事そうに抱いている。赤ん坊は泣き叫ぶかと思ったが、存外大人しい。楽しそうにキャッキャしてるくらいだ。――将来は大物になるかもしれない。
サンクエラの感知では、結界は北部を破られたとの話だったので、洞窟のあった中部南寄りから真っ直ぐ南下したのは正解だった。
伏兵がいる可能性は捨てきれないが、今のところ全く敵の気配を感じない。モンスターはいるが、ラルフ、レインが先行して排除してくれている。
「あれは青姫の<蒼炎>だね。――いやはや、規模が凄まじいけど」
「ご主人は、うちら“妖獣”の力を使えるにゃよ」
「え!? そんなの、聞いたこともないわよ!?」
身辺警護に残ってくれているエーリッヒと琥珀がアレンの力についてサンクエラに説明するが、やはり今まで聞いた人達と同様、にわかには信じられない様だ。
琥珀としては、この様な反応が返ってくると、アレンを自慢出来て嬉しいのだった。
「ご主人の力は、こんなものじゃないにゃよ? 他には――」
琥珀は周囲を警戒しつつも、アレンの自慢をサンクエラに嬉々として語り聞かせるのだった。
◆
――結界領域・北部――
「ジェニス様!」
「わかってる! 術者の元に向かうぞ!」
ジェニス達本隊が、術者がいるだろう中部に急行する。すると――
「――“二角獣”!」
「ようやくお出ましか、“ジェニス”。随分とのんきなものだな」
ジェニスの視線の先に、人間の少年と狐の妖獣を背に乗せた黒馬が現れた。ジェニスは剣を向け、黒馬に告げる。
「……そうか。貴様だったのか。――私にやられたことを、もう忘れたのか?」
「覚えているとも。だが、今度は勝てばいいだけの話だ」
ジェニスとルーヴィアルは、どうやら初戦という訳ではないらしい。因縁がありそうだ。
「それは叶わないさ。お前はここで死ぬ。――この槍を持ち出したのは、そのためだ!」
「――“神槍グングニル”か。武器に頼らなければ、まともに戦えないか」
ジェニスは剣を持っていない左手で槍を掲げて見せる。意匠の素晴らしさはともかく、アレンは、その武器から言い様の無いプレッシャーを感じ取っていた。
ルーヴィアルは淡々とジェニスに返している様で、その実、声音に緊迫が混じっているのを、アレンは短い付き合いながらも読み取っていた。――あの槍はヤバそうだ。
「……ふん、これはあくまでも保険だ。貴様には、これで十分」
ジェニスは槍をしまい、剣を構える。どうやらあの槍の使用は、ジェニスの誇りを傷つけることでもあるらしい。
――ジェニスは面倒な性格をしていそうだ。そんなことを考えながらも、アレンは身構える。
「――人間、そして狐。今背を向けるのであれば見逃してやろう。さっさと失せるがいい」
「そうもいかないな。――それより、まだ始めないのか? 随分とおしゃべりが好きなんだな」
煽りには煽りで返す。どうせ戦うんだ、さっさと始めようとアレンは暗に持ち掛ける。――その効果は覿面だった。
「“二角獣”とつるむだけはある……人間如ききがよくぞ言った! まとめて消し去ってくれる!!」
激昂したジェニスの剣先に光が集まり、アレン達に向けて発射された。
――ついに、“ジェニス率いる“一角獣部隊” VS “二角獣ルーヴィアルとアレン、稲姫”の戦いの火蓋が切って落とされるのだった。




