【第二部】第五十五章 “一角獣”部隊の襲撃
――“セラーレの森”結界外縁・北部――
「ここか……」
戦装束に身を包んだ“純白の番人”ジェニスは、部隊を連れてセラーレの森奥地に張られている結界の前にたどり着き、手で感触を確かめていた。
強固な結界だ。一族の中でも、これ程強固な結界を長期間継続して張れる者は、ほとんどいないだろう。
ジェニスにとってサンクエラは、インヴィリスの前では決して言えないが、――“憧れ”だった。
盲目というハンデを持ちつつも決して卑屈にならず、誰に対しても分け隔てなく接し、それでいて自分というものを確かに持っている。そんな彼女の在り方を、好ましく思っていた。
厳格な名門の家系に生まれ将来を嘱望されてきたジェニスにとって、私欲は二の次だった。一族の期待を一身に背負い、自らこそが法の規範となるべく、己の感情を厳しく律してきた。
だからこそ、“二角獣”に誑かされてサンクエラが里を出たと知った時の衝撃は大きかった。
よりによって、一族の天敵とも言える“二角獣”に靡くなど、あってはならないことだ。“憧れ”は裏切られ、“失望”へと変わった。そして、奪った者――“二角獣”への“憎悪”に。
ジェニスは感情を振り切るように呼吸を整え、背後に従える部隊に振り返る。
◆
「これより結界内に突入し、サンクエラの奪還行動に入る! 事前に取り決めた通り、正面、左翼、右翼の三隊で“鶴翼の陣”を取りつつ進軍する! 左翼と右翼は、サンクエラを捜索しながら囲い込む様に進軍しろ! いいか! 決して取り逃がすな!」
「「「ハッ!!」」」
隊員が一斉に敬礼を取る。よく統制の取れた部隊だ。
部隊とはいうが、人数自体はたいした数じゃない。せいぜいが総勢三十人程度だ。
だが、その一人一人が“神獣”クラスであり、サンクエラ一人を奪還する戦力としては過剰だと言えるだろう。ここからも、今回の作戦行動に対するジェニスの本気が窺えた。
(悪く思うな……恨むなら、身勝手な行いをした自分自身を恨め)
ジェニスは結界の方へ向き直り、槍を構える。
槍の先端が白く眩い輝きを放ち――
レーザー砲の如く、白光が結界を貫いた。
◆
――“セラーレの森”・結界内の洞窟――
「――――アァッ!!」
「サンクエラ!!」
急に大声を出し倒れそうになるサンクエラをルーヴィアルが急いで抱き支える。アレン達も何事かと駆け付けた。
「結界が……破られたわ」
「本当か! ――まさか!?」
思い当たることがあるのだろう。ルーヴィアルが顔を青褪めさせている。サンクエラが真剣な表情で頷いた。
「ええ、そうよルーヴィアル。一族の中でこんなことができるのは――“ジェニス”しかいないわ」
「よりによって“奴”か……これはマズいぞ」
「それに、ジェニスだけじゃないわ。――まだ距離はあるけど、およそ三十人が部隊を編成して来てる」
二人して緊迫した表情をしており、アレン達にも緊張が走る。
「そいつらがどれだけのもんかはわからねぇが、結界の中に入って来てるんだろ? すぐ逃げねぇとヤバいだろ」
「ええ、今すぐここを発ちましょう。“セラーレの森”の入口には馬車を繋ぎとめてあります。そこまでたどり着けば、ホームへの帰還もできるでしょう」
ラルフとエーリッヒが冷静に状況を分析して逃げを提案する。だが――
「逃げるのには賛成だが、“奴ら”を引き付ける囮が必要だ。――俺が行く」
「ダメよルーヴィアル!! あなたでもジェニスには勝てないわ!!」
「わかっている。――なに、引き付けてかき回したら、すぐに逃げて来るさ」
ルーヴィアルは笑って言うが、サンクエラは必死に止めようとしている。安心させようとルーヴィアルが虚勢を張っているのが、サンクエラには筒抜けなのだろう。
――ならばここはと、アレンは決意を固め、皆に告げた。
◆
「なら、囮には俺も行く。――それと、敵の情報について教えてくれ」
「アレン!!」
ルーヴィアルに思い止まって欲しかったのにアレンに加勢され、サンクエラが困り果てる。だが――
「サンクエラ、もう時間が無い。――これしか方法が無いんだ」
「……わかったわ。でも、必ず二人とも生きて帰って来て! 約束よ!!」
ルーヴィアルとアレンが頷くのを確認し、サンクエラは話を続ける。
「私達“一角獣”の情報だったわね。私達は結界を張る以外に、“光操作”ができるの。それは、光を収束して打ち出すレーザー砲の様な攻撃――“光子線”にも転用できるわ。結界を破られたのはそれね。特に、ジェニスの“光子線”は強力よ。直撃すれば、消し炭は免れないでしょうね」
なるほど……長距離からのレーザー砲に晒されたら確かに脅威だろう。だが――
「そうか。なら稲姫、一緒に来てくれるか?」
「もちろんでありんす!」
当然の様にアレンは稲姫を囮に連れて行こうとしているが、稲姫の力を知らないサンクエラとルーヴィアルが戸惑っている。
「その子で大丈夫なのか? ――その、危ないんだぞ?」
「稲姫の<魔素操作>は強力だ。自分達の周辺に範囲を絞れば、魔素を介した攻撃は、まず効かない」
ルーヴィアルの不安から発せられた問いにアレンが自信を持って返す。
そう。白兵戦でもない魔素を介した遠距離戦闘なら、稲姫は無類の防御力を誇るのだ。――“あいつ”の様な“門を閉じる”イレギュラーな相手でも無ければ。
完全には納得していないながらも、ルーヴィアルとサンクエラは了承した。
◆
「皆は、サンクエラと赤ん坊を連れて逃げてくれ。一番身体能力の高い琥珀が二人を運んで、青姫は上空からの監視と支援を。レーザー砲を撃ってくるらしいから、あまり高く飛びすぎるなよ。木々に隠れながら進むんだ」
「了解にゃ!」
「ふむ! 承知じゃ! ――逃げるだけでなく、少々かく乱させてやろうかの」
アレンは矢継ぎ早に仲間に指示を出していく。エーリッヒ達の方には――
「エーリッヒさん達は、琥珀達と一緒にサンクエラと赤ん坊の撤退支援をお願いできますか?」
「囮の方はいいのかな?」
エーリッヒの問いにアレンは頷き返す。
「はい。囮は、獣化したルーヴィアルに俺と稲姫が騎乗する形を取ろうと考えてます。その方が退却もしやすいので。――ルーヴィアルも、それでいいか?」
「ああ、問題ない」
馬型の妖獣だと、こういう時頼りになるな。――だが、それは追っ手もそうなのだから、脅威でもある。
「馬車に着いたら、俺達のことは気にせず、ホームに向けて発進してください。適当に敵をまいたら、俺達も追いますので」
「うん、御者は任せてくれ」
「……わかった。気を付けて」
「無茶すんじゃねぇぞ?」
話はまとまった。後は行動に移すだけだ。
「では! もう時間も無いですし、すぐに行動を開始しましょう! ――ルーヴィアル、稲姫、行くぞ!!」
「ああ! 精々奴らをからかってやろう!」
「任せるでありんすよ!」
――そうして、“セラーレの森”を舞台とした“退却戦”が始まった。




