【第二部】第五十四章 ダークホースの参戦
――“セラーレの森”・結界内の洞窟――
「サンクエラ、調子はど――」
「主様! 今は“おっぱい中”でありんすよ!」
「……アレンは来ちゃダメ!」
出産後のサンクエラの様子を確認しに来ただけなのだが、間が悪く、赤ちゃんの授乳中だった。乳房に吸い付く赤ん坊をチラと見るだけで、アレンはすぐに稲姫とレインに追い出されてしまった。
「サンクエラの裸を見ようとは、いい度胸だ……」
「ち、違う! 今のは事故だ!」
不意に背後から肩に手を置かれ、アレンの身体がビクンと硬直する。いつの間にか、ルーヴィアルが背後に忍び寄っていた。
「ハハハ! わかってる、からかってみただけだ!」
「人が悪いよ、もう……」
ルーヴィアルは笑顔でそう言うが、肩を掴む手に力が込められていて、ちょっと痛い。――やっぱり、少し怒っていそうだった。
「ご主人は、いつもうちのを見てるから見慣れてると思ってたにゃ」
「あれはお前の寝相が悪いだけで、不可抗力だ!」
夜寝る時、琥珀達がアレンの布団に入ってくるが、向こうから入って来てる上に、琥珀は寝相が悪く、朝には上着がはだけているのだ。風邪をひかないか心配になるが、気を操れるからか、いつもピンピンしている。
「なんだ、アレンもやることはやってるんだな」
「いや、そういう訳でも無いんだけどな」
自分達の関係は傍から見るとそう映るのかもしれないなと思いつつも、アレンはとりあえず否定しておく。
――ふと、エリスの顔が頭に浮かんだ。
何故だろう……付き合ってる訳でも無いのに、トラウマとして恐怖が心に刻まれているのだろうか。アレンは小さくため息をつき――
「じゃあ、俺達も食事の準備をしようか。サンクエラさんにも、しっかりと栄養を摂らせないとな」
皆で料理をすることにした。
◆
「鳥とイノシシを狩ってきた。これをサンクエラに食わせてやってくれ」
「ああ、ありがとう。野菜は――」
「我が君、採ってきたぞ!」
ルーヴィアルから獣を、青姫から野菜を受け取り、アレンは調理を進める。
「肉料理は任せとけ」
「助かります。じゃあ、俺は野菜料理を作りますね」
栄養たっぷりの野菜スープと野菜炒めを作る。野菜に毒が無いことは念入りに確認済みだ。森には野菜が豊富で、かなりいい感じに仕上がったと自負している。
肉はラルフからの申し出通り、任せておくのが一番だろう。ラルフの肉料理の絶品さは、今までに堪能してきたアレンも十分に承知していた。
そうして、皆で協力して料理を進めた。
◆
「ス、スゴい! スゴく美味しいわ!」
「ああ! まさか、これ程の味が出せるなんて……!」
料理を食したサンクエラとルーヴィアルの反応は上々だった。頑張って作った甲斐があるというものだ。
「恥ずかしながら、俺にはこんな繊細な料理は作れなくてな。――サンクエラには、いつも悪いと思ってたんだ」
「やめてルーヴィアル。――私の方こそ、いつも作ってもらってばかりでごめんなさいね。あなたには、いつも感謝しているわ」
「ハハハ! 今度教えてやるから、今は食事を楽しもうぜ!」
少ししんみりする空気を打破する様に、ラルフが豪快に笑う。酒も入っており、赤ら顔でご機嫌だ。
「お前も飲めるだろ?」
「飲めるが……サンクエラを差し置いて」
「気にしないでって言ったでしょ? 今は、あなたも楽しんで」
それではとラルフに酒を注がれ、一気にグラスを空にするルーヴィアル。かなり酒に強いみたいだ。
「いける口じゃねぇか! まだまだあるぜ!」
(というか、荷物重そうだなと思ってたら、酒を入れてたのか。どんだけ飲みたかったんだ。でも、そのおかげで俺達もご相伴に預かれる訳だが……)
アレンも酒の入ったグラスを傾けていると、女性陣が近付いてきた。
◆
「我が君よ。わ、わらわも赤ちゃんが欲しいのじゃ!」
「にゃはは! ――やっぱり、可愛くて欲しくなっちゃうにゃ」
「二人ともずるいでありんすよ! 主様、わっちも!」
いつの間にかアレンは、逃がすまいとばかりに青姫、琥珀、稲姫に包囲されつつあった。
赤ちゃんの誕生を目の当たりにし、母性本能が目覚めてしまったのだろうか。アレンは思わず、唯一空いている方に身じろぎするが――
「レ、レインさん!?」
「……赤ちゃん、可愛かった」
酒がだいぶ進んでいるのか、赤ら顔のレインがアレンの移動先にいて、肩がぶつかる。レインがどこか浮ついた目でアレンをじっと見つめた。
「だ、ダメにゃ! レインは危険にゃ!? ――青姫ちゃん! 稲姫ちゃん!」
「わ、わかっておる! まさか、レインまで参戦してくるとは!?」
「わっちが一番最初に主様と出会ったでありんすよ! だ、だから――」
今までに無い程必死な形相の三人がレインを引き剥がしにかかる。思わぬダークホースの登場に動揺を隠せないのだろう。アレンは左右に引っ張られ、もみくちゃにされていた。
◆
「何してるんだ、あいつら?」
「あらあら。アレンはモテモテみたいね」
「俺よりもよっぽど二角獣に向いてるんじゃないか? アレンは」
呆れ顔でラルフが、ころころと楽しそうに笑いながらサンクエラが、どこか尊敬の混じった目でルーヴィアルがアレンを取り巻く騒ぎを眺めていた。エーリッヒは洞窟外の警戒で外に出ているので、ここにはいない。
エーリッヒにも珍しいレインの姿を見せてやりたかったなと、ラルフは笑みを浮かべながら酒杯を傾けるのだった。




