【第二部】第五十三章 新たな命の誕生
――“セラーレの森”・結界内の洞窟――
「そう言えば、俺達を通すために結界を解いてしまってよかったんですか?」
「いや、アレは賭けだった。一瞬でも結界を解けば、追っ手にバレるリスクがあるからな」
「じゃあ、なんで……」
お産に向けた話し合いを済ませ、皆で準備を進めている折、アレンはルーヴィアルにそう問いかける。
「情けないことだが、俺一人ではお産をどうすればいいのか皆目見当もつかなかった。サンクエラは見ての通り、目が不自由だしな。正直、途方に暮れていたんだ」
「まぁ、そうですよね……でも、会ったことも無い俺達を、よく迎え入れる気になりましたね」
「サンクエラが言ったんだ。“迎え入れよう”と。彼女の人を見る目――いや、“人の心を見る目”は信用に値する。だから賭けてみることにしたんだ。お前達に」
そして、ルーヴィアルはアレンを真正面から見据えた。
「アレン、お前のことだ。サンクエラが言っていた。お前の心は、“今までに見たことが無いくらい眩く温かい”と。――だから、俺はお前を信じる」
「そう言われちゃ、応えない訳にはいかないですね」
真っ直ぐな言葉に照れ臭さを感じながらも、アレンは今一度決意を固める。――絶対、お産を成功させると。そんな意気込むアレンを優しく見つめながら、ルーヴィアルは告げる。
「もしもの時は俺が囮になるから、その隙に彼女を逃がしてくれ」
「なら、その時は俺も囮になりますよ。――なに、俺もこう見えて、色々出来るんです」
任せろと言わんばかりに自身の胸板を叩き、アレンが主張する。ルーヴィアルは迷いながらも「感謝する」と手を差し出し、アレンと握手を交わすのだった。
◆
そして、ついにその時が訪れた。陣痛が始まり、そして破水する。
「う、うぅ~~~~~っ!!」
「頑張るでありんす!」
稲姫が<魔素操作>の応用でサンクエラの身体への負担を和らげつつ、手を握る。反対側の手はルーヴィアルが握っていた。
「頑張れ! お前なら出来る! サンクエラ!!」
そして、どれくらい時間が経っただろうか。皆が見守る中、ついに――
◆
――おぎゃぁ! おぎゃぁ!
赤ん坊が生まれ、元気な産声を上げた。レインがへその緒を切り、よごれをふき取り、やわらかい布で赤ん坊を包む。そして、サンクエラに赤ん坊を見せた。
「……元気な男の子。サンクエラ、よく頑張った」
「私の赤ちゃん……」
盲目のサンクエラにも、赤ん坊の“心の光”を感じられたのだろう。目は見えなくてもそこにいると正しく認識し、手を伸ばした。レインが近付き、赤ん坊に触れさせる。
「柔らかい……」
「サンクエラ! ――本当に、よく頑張った!!」
サンクエラは笑みを浮かべながら、赤ん坊を撫でた。ルーヴィアルは感極まったのか、泣いていた。他の皆も涙ぐんでいる。無事にやり遂げたと。
そうして、皆で新たな命の誕生を祝福した。
◆
「本当に――本当に、感謝する」
「無事産まれてよかったです」
「“お父さん”! これからが本番にゃよ?」
レインと稲姫がサンクエラと赤ん坊に付き添い、エーリッヒやラルフ、青姫は洞窟の外で周囲の警戒にあたっていた。
結界があるとはいえ、注意を怠ることはしない。産後で弱っているサンクエラを必ず守ると、皆で全力で対応していた。
ルーヴィアルとアレン、琥珀は洞窟の入口付近で語り合っていた。アレンは聞きたいことがあるけど聞けないという風にどこかソワソワしており、ルーヴィアルが察して尋ねる。
「どうした、アレン? 気になることでもあるのか? 何でも聞いてくれ」
「あ~……。これ、聞いていいものか悩んでるんだけど……。――赤ちゃんの角、三本ありましたよね?」
「そうだな」
そう。赤ん坊の額には角が三本生えていたのだ。二本はルーヴィアルと同様、側頭部辺りに。そしてもう一本は、サンクエラと同様、額中央に生えていた。
「この場合、<三角獣>になるんでしょうか?」
「わからぬ。こんなこと、前代未聞だしな。――だが、あの子はあの子だ。種族など、どうでもよかろう」
「それもそうですね」
アレンとルーヴィアルが笑い合う。――そうだ、無事に生まれて来てくれた。それだけでこんなにも満たされている。種族の違いなど、ささいなことなのかもしれないとアレンは思い直す。
「あの子の名前は、もう考えてるんですか?」
ルーヴィアルは頷き返す。
「俺達のいた地で“希望の光”という意味の言葉がある。そこから取って“スペルークス”だ」




