【第二部】第五十二章 “族長の息子”と“純白の番人”
――“神界・一角獣の里”――
「まだか! まだサンクエラは見つからないのか!!」
「い、今も皆、血眼になり方々を捜索しておりますが、<結界>を張られては居所を掴むのも難しく……」
片膝をつき頭を下げる付き人が、何度目になるかわからぬ言い訳をする。インヴィリスは捜索状況が難航していることに、イラ立ちを隠さず舌打ちをもらした。
神界の森深くにある“一角獣の里”。
族長の第一子としてこの世に生を受けたインヴィリスは、“純潔の中の純血”として、一族の中でも確固たる地位を確立していた。
婚約者のサンクエラがあろうことか“二角獣”に誑かされた挙句、共に姿を消した。これは、今まで欲しいものを思うがままにしてきたインヴィリスにとって、耐えがたい屈辱だった。
サンクエラは生まれつき盲目だったが、その美しい容姿と気立ての良さ、そして一角獣としての素養の高さを兼ね備えた、才色兼備の少女だった。
誰に対しても分け隔てない態度を取ることから、一族の中でもサンクエラの人気は高く、男女問わず彼女は好かれていた。婚約はインヴィリスがサンクエラに惚れ込み、両親を通して強引に話を取り付けたのだった。
(確かに婚約の話をした時のサンクエラの表情は芳しくはなかった。――だが! 族長の第一子として将来が約束されている由緒正しい血統の俺を拒絶するなど、到底許されることではない! 盲目というハンデを承知した上で側室として娶ってやろうというのだから、本来泣きながら俺に感謝すべきなのだ!)
インヴィリスは過去の出来事を思い出し、またイラ立ちを募らせた。連れ戻したらどうしてくれようか。二度と逃げる気など起きないよう、屋敷の奥に幽閉は当然として、それだけじゃ気が済まない。
「調教が必要だな……」
そんなインヴィリスの独り言を聞いた付き人が身体をビクッと硬直させる。誤解なのだが、まさかこの独り言が、ここにいない婚約者に向けた言葉だと頭を巡らせられる方が、常識的に難しいというものだろう。
(仕事辞めてぇ……)
付き人が心中でため息をついた。そんな折――
◆
「インヴィリス様、よろしいでしょうか?」
ドアをノックし、入室を求める声が部屋に響く。付き人はホッと胸を撫でおろした。そう、この声は――
「おお! “ジェニス”か! ――お前は直ぐに開けにいかんか!」
「ハッ! ただいま!」
インヴィリスの最後の言葉は付き人に向けられたものだ。付き人はすぐさまドアを開けに行き、ジェニスを部屋に迎え入れた。
部屋に入った青年は、一族の中でも“最強”の呼び声高い実力者――ジェニスだった。ジェニスはその戦い方や厳格さから“純白の番人”の通り名を持っていた。
ジェニスはインヴィリスの前まで進むと、床に片膝をつける。
ジェニスは高潔で誇り高く、そして、誰も寄せ付けない程の高い実力を持っている。それでいて、周囲に対する気遣いを忘れない、まさに一族の理想とされる戦士だった。
インヴィリスの対極にいるとでも言うべき存在なのだが、二人の折り合いはいい。というよりも、何故かインヴィリスの方がえらくジェニスを気に入っている。ジェニスに私欲が無く、能力が高い上にインヴィリスの言うことにも従順だからだろうか。
◆
「インヴィリス様。サンクエラ様の居所がわかりました」
「おお! さすがはジェニスだ! ――して、どこだ?」
サンクエラ発見の報にインヴィリスが両手を広げ歓喜する。ジェニスがサンクエラにも様付けをするのは、インヴィリスの婚約者だからだろう。
「ここより南――“人界”の“セラーレの森”に結界を張って籠っているようです。少しの間だけ結界が途切れるのを感知しましたが、すぐに張り直されました。ですが、それで居所の目途は立っております」
「その様な遠くまで……サンクエラ、どこまで俺に手間を掛けさせるつもりだ!」
潜伏場所を聞いたインヴィリスの機嫌がまた急降下する。実際に手間を掛けさせられているのは捜索隊の面々だろうにというツッコミを、付き人は心の中に押し留めておく。
「今、サンクエラ様を連れ戻す隊の準備を進めているところです。――インヴィリス様もいらっしゃいますか?」
「馬鹿を言え。連れ戻すのはお前達に任せる。俺はサンクエラを迎え入れる準備でもするとしよう」
「かしこまりました」
ジェニスなら絶対に連れ戻せると全く疑っていないインヴィリスはまた機嫌を持ち直し、ジェニスと付き人を控えさせたまま室内を歩き回る。
「うむ……やはり、あの器具も揃えた方がいいな。――どのように鳴くか、今から楽しみだ!」
クックッと笑うインヴィリスとは対照的に、ジェニスが顔を伏せたまま小さくため息をついたのを、付き人は見逃さなかった。
こんな有能な人でも自分と同じ苦労をするのだなと、付き人は少し慰められたのだった。




