【第二部】第五十一章 駆け落ちして来た二人
――“セラーレの森”・結界内の洞窟――
「はじめまして。俺はアレンと言います。この地には、<結界>の術者や道具に用があって来ました」
「そう。“あなた”なのね……」
額に一本角を生やした白髪の女性――“一角獣”のサンクエラが、目を閉じたままアレンに顔を向ける。それに気付いたアレンが、驚きを露にした。
「もしかして、目が……」
「ええ。生まれつき目が見えなくて。でも、その代わりなのか、私には人の“心の光”が視えるの」
「心の光?」
サンクエラは頷く。
「心はその人の持ちようで、如何様にも輝き方が変わるの。――感覚的にしか伝えられないけれど、特にあなたからは、今までに感じたことの無いくらい、眩くて温かい光を感じるわ」
「自分ではよくわかりませんが……」
面と向かって笑顔でそう言われるとアレンとしても照れる。頬をかきながらそっぽを向いた。
「うちはどんなにゃ!?」
「あなたからは、とても眩い光を感じるわ。すごく真っすぐなのね」
興味深々という風に琥珀が自分を指差しサンクエラに問いかける。サンクエラも楽しそうに応対していた。その後、残りの者もサンクエラに名乗り、皆で歓談する。
ふと咳払いが聞こえた。見ると、サンクエラの傍らにいる、額に二本角を持つ黒髪の青年――“二角獣”のルーヴィアルだった。
「サンクエラ、そろそろ……」
「そうね。ふふ……ごめんなさい。久しぶりに他の人と話したから、つい、はしゃいじゃったみたい」
サンクエラはころころと笑い、アレン達に向き直る。
「たいしたおもてなしも出来ませんが、どうぞお座りください。ルーヴィアル、悪いのだけれど――」
「わかっている」
ルーヴィアルに用意してもらった席にアレン達は各自座っていく。それぞれに茶や菓子が振舞われた。
「それでは、あなた達をここにお呼びした理由についてお話させて頂きますね」
そうして、サンクエラが改めて切り出した。
◆
「既に私達のところの事情をご存じの方もいる様ですが、“一角獣”と“二角獣”は、非常に仲の悪い種族同士です」
エーリッヒが頷く。
「と言っても、それは“一角獣”の側が、自分達を“純潔”――そして、“二角獣”を“不純”と決めつけ、排他してるだけに過ぎないのですけどね」
「“一角獣”は大勢で群れを成すが、俺達“二角獣”は、基本的に家族単位でしか群れを作らないからな。例え同族でも敵対することはザラにある。特に俺は一人だったから、俺からしたら“一角獣”も数ある外敵の一つだった」
ルーヴィアルがサンクエラの言葉を継ぎ、フォローする。その様子を見ると、とても敵同士だったとは思えない温かさが感じられた。
「あなた達は結界の術者に会いたいのでしたね。――それは、私です」
「やはり、そうでしたか」
エーリッヒが納得顔で頷く。
「私達“一角獣”は、その性質からか、<結界術>を得意とします。後は<光操作>ですね。光を収束して高出力の――と、今はそれはいいですね」
サンクエラは脱線しかけた話を自ら軌道修正する。
「私の結界でこの辺り一帯を隔離しています。あなた達が内側に入ってからは、すぐに結界を張り直しました。――“追っ手”から逃れるために」
「追っ手?」
アレンが問うと、サンクエラとルーヴィアルが頷く。
「俺とサンクエラは、言わば、“駆け落ち”した身なんだ。元は、ここより北の“神界”にある森に住んでいたが、身の危険を感じ、ここ“人界”の森にまで逃げて来ている」
「向こうが強引に決めた“婚約者”がいたんだけど――振って来ちゃった」
「そして追っ手は、その元婚約者率いる“一角獣”の集団という訳だ」
何故かいつの間にか色恋の話になっていて、女性陣は盛り上がり、男性陣は付いて行けずにたじろいだ。
「そりゃあ、婚約者も可哀想というか……」
「何を言ってるでありんすか! 好きな人を伴侶にするのは、当たり前でありんすよ!」
「そうにゃ! ご主人はわかってないにゃ!」
「うむ! こればかりは稲姫に同意じゃ!」
「……アレンはまだまだね」
元婚約者を擁護するつもりは無かったのだが、アレンが思わず言葉をもらすと、女性陣から一斉に非難が殺到した。
「それで、その子はルーヴィアルの子にゃ?」
「ええ。この子を産むために、私達はここまで逃げて来たの。一族の掟じゃ、“二角獣”との子供なんて、絶対に許されないから」
今までの話を聞いてる限り、そうだろうなとアレンも納得する。見つかり次第殺されるのは避けられないだろう。
「だったら、森を抜けて内地に移動した方がいいんじゃねぇか? ここだと、神界に近いだろ?」
「それはそうなんだけど、私達は妖獣だし、まず人には受け入れられないでしょう? あなた達のように妖獣と一緒にいる人がいるなんて知らなかったし。それに――そろそろ“来そう”なの」
「来そうって……」
アレンは、そこはかとなく嫌な予感――と言ったら失礼か、不安を感じる。サンクエラは、大きくなった自身のお腹を愛しげに撫でながら――
「産まれそうなの……」
歴戦の“青ノ翼”すら慄かせる一言がサンクエラから発せられた。
◆
「ど、どうすんだ!? ここに医者なんていないだろ!」
「う、うん。――レインは、無理?」
「……う、産んだことなんて無い! ――って、知ってるでしょ!?」
ラルフ、エーリッヒ、レインがあたふたとコントのようだ。アレン達の方でも――
「う~ん、うちもわからないにゃ」
「わっちも。――青姫なら、経験ありんせんか?」
「――な!? わらわは“処女”じゃぞ!? 初めては我が君と決めておるのじゃ!」
違う意味で盛り上がっていた。稲姫と青姫だけでなく、今回は琥珀まで参戦している。
「お、落ち着いてくれ! サンクエラが不安になる」
「いいのよ、ルーヴィアル。――ごめんなさいね。あなた達を急に呼び出してこんな話をするなんて、こっちが悪いわ」
ルーヴィアルとサンクエラが申し訳無さそうにしている。――そうだ、今一番不安なのは、当の二人なのだ。皆は静まり、腰を据えて話し合うことに。
「手伝うってことに異論は無いな?」
意思統一のためアレンは皆に問うが、頷きが返ってくるだけで異論は無かった。
「じゃあ、後は協力してやり遂げるだけだ。皆の力を合わせて、この難局を乗り越えるぞ!」
「「「おお!!」」」
そうして、アレン達は難敵――お産に立ち向かうのだった。




