【第二部】第五十章 “二角獣”と“一角獣”
――“セラーレの森”・奥地――
「この辺りみたいですね」
「さて、<結界>を探そうか」
“セラーレの森”に入り、アレン達は道なき道を進んで奥地まで来た。デバイスの登録情報によると、この辺りが<結界>のある場所になるが、パッと見、その様な場所は見当たらない。
「不可視の結界ということかの? やっかいじゃな」
「こっちがおかしいでありんすよ」
「稲姫の言う通りだな。そっちの方で魔素の流れがおかしい」
稲姫の固有技能<魔素操作>は、周囲の魔素状態を把握し、その上で任意に操作する。そのため、稲姫と、<神託法>で稲姫の技能を使えるアレンには、異常が感知されていた。
稲姫とアレンに続き、皆が集まる。
「ここか」
アレンが手を差し出すと、硬質な反応が返ってくる。それ以上、先に進めない。
「とりあえず見つけられたな。じゃあ、結界を解除できないか試してみようか」
「これはちょっと大変そうでありんすね」
アレンと稲姫は、結界に向かい手をかざした。
◆
――???――
不意に、少女が仰向けに横たえている身体を起こした。
「? どうした、サンクエラ」
「結界に反応があるわ」
「――“奴ら”か?」
青年の顔に緊張が走る。少女――サンクエラは身重の身体を気遣いながら、ゆっくりと青年の方に向いた。そして、首を横に振る。
「いえ、“追っ手”ではないわ。――“人間と妖獣”よ」
「ここは“人界”だから人間はわかる。――だが、妖獣も一緒にか?」
青年が怪訝な顔をし、少女に問う。少女は目を伏せ――
「――とても温かい光。“人間の中で一人”、今までに感じたことの無いくらい、眩くて温かい光を感じるわ。この人なら、私達の力になってくれるかも」
「お前が言うならそうなのだろう。――他の者達にも、悪意を持つ者はいないのだな?」
少女が頷き、再び青年の方を向く。
「ええ。彼らを招きましょう。ルーヴィアル、悪いのだけど――」
「わかっている。迎えに行ってくる」
青年――ルーヴィアルは立ち上がり、結界へと向かって歩き出した。
「この子だけは守らないと」
膨らむ腹を愛しげに撫で、サンクエラは洞窟内で独り言ちた。
◆
「これはちょっとやっかいだな」
「穴を空けても、すぐに周りから魔素が流れ込んで修復するでありんすね」
稲姫の言う通り、結界の解除は難航していた。
「稲姫、俺が穴を開けるから、稲姫はそこに魔素が流れ込まないよう、意識して操作できるか?」
「できるでありんすよ。二人でやってみんしょうか」
アレンと稲姫が共同作業で結界に穴を開けようとした、ちょうどその時――
「あれ? 結界が消えたぞ」
「おかしいでありんすね。まだ何もしてないでありんすよ」
顔を見合わせ首をかしげるアレンと稲姫。
「どんな理由だって構わねぇよ。今のうちに急いで抜けちまうぞ」
ラルフの先導でアレン達は結界があった場所を抜け奥へと進む。すると――
◆
「黒い馬……?」
「あれはまさか――“二角獣”!?」
視線の先に、一頭の大きな黒馬が佇んでいる。立派な体躯をしており、頭部から2本のねじれた角が生えていた。それを見たエーリッヒが驚きの声を上げる。
それ――バイコーンはこちらの視線に気付くと、付いて来いと言わんばかりに視線を切って奥へと歩き出した。
「罠か?」
「……敵意や悪意は感じない」
「バイコーンは群れる種族ではありません。ただ、非常に強力な“幻獣”らしいので、注意が必要です。“神界”に住むはずですが、どうしてここに……」
「幻獣?」
エーリッヒがアレン達を見回す。
「“幻獣”とは、妖獣の中でも見ること自体が稀で、存在自体が伝説として語り継がれている種族のことです。――と、それよりも早く追い掛けないと見失ってしまいます。今は罠を警戒しつつ、後を追いましょう」
皆が頷き返し、バイコーンを追って奥へと進んだ。やがて、とある洞窟の前に辿り着く。バイコーンはアレン達が辿り着くのを確認すると人化し、質素な黒衣に身を包む、長身の引き締まった青年になり、アレン達に声をかけて来た。
◆
「何も言わずに連れて来てすまない。“追っ手”がどこにいるかもわからないのでな。ここなら安全だ。俺は“二角獣”のルーヴィアル。君達の力を借りたく、勝手ながらここまで案内した」
丁寧な挨拶だった。アレン達は顔を見合わせ、各々名乗る。ルーヴィアルは頷き――
「まずは“彼女”と会ってくれ。その方が話しやすい」
ルーヴィアルが先に洞窟に入り、アレン達が後に続いた。
――そこでは、更なる驚愕が待ち受けていた。
「馬鹿な……! “一角獣”!? どうして、バイコーンと一緒に!?」
「……綺麗」
「ん? その腹……“身重”なのか?」
エーリッヒ達の言う通り、そこには――
「ようこそお越し下さいました、人間と妖獣の皆様。はじめまして。私は<一角獣>のサンクエラと申します」
額に一本の角を生やした綺麗な白髪の女性が、身重の身体を起こし、アレン達にそう名乗るのだった。




