【第二部】第四十七章 馬車での旅
――“青ノ翼”ホーム・玄関――
「じゃあ、準備はいい? 出たらしばらくは戻ってこれないだろうからね」
「どのくらいの距離があるにゃ?」
目的地の“セラーレの森”は、ここから北にあるとのことだが――
「馬車で二日程北上すると“セラーレの森”だね。森の入口に着いたら馬車を降りて歩きで森に入るんだけど、結界のある奥深くへは、さらに一日ってところかな」
片道三日か。なるほど、結構な距離だ。
「……だから馬車。食料も多めに持って行く」
「なるほど――というか、馬車を持ってるなんてスゴいですね」
「うちはプラチナクラスのギルドだからな。協会からの援助はそれなりにあるんだわ」
馬車は二頭が引く大きめの物で、皆が乗っても余裕がありそうだった。
「じゃあ、行くよ。――はっ!」
御者台のエーリッヒが手綱を操り、馬車が発進した。
◆
――北上中――
山を下り、平野を北上中。
「快適にゃあ!!」
「楽ちんでありんす!」
琥珀と稲姫は初めての馬車らしく、ご満悦だ。――琥珀は、体力が有り余ってるだろうにな。
「ご主人。今何か、失礼なことを考えなかったにゃ?」
「い、いや。そんなこと無いぞ?」
琥珀からジロッと睨まれた。琥珀は妙に勘が鋭いな。
「おやつを食べるでありんす!」
「こらこら。それは、“青ノ翼”の皆さんに持ってきたお土産だぞ?」
「……構わない。皆で食べる」
「おお! それは都市の名店の! 稲姫よ、でかしたぞ!」
“青ノ翼”のホームに向かう前、お土産に買ってきたリムタリス名店のお菓子だった。青姫が目を輝かせている。――青姫は、“うち”扱いでいいのか、“青ノ翼”扱いの方がいいのか?
「我が君、細かいことは気にするでない。皆“仲間”じゃ!」
「だな! 気の遣い過ぎは野暮ってもんだぜ!」
表情から読み取られたのだろう、青姫とラルフから指摘が入る。そうだな――
「じゃあ、この一番美味そうなのをもらうわ」
「あぁ! それとこれとは話が別じゃ!」
「……アレン、いい度胸」
アレンが一番美味そうな菓子をひょいと摘まんで食べると、青姫とレインから非難が。――ちょっと怖かった、特にレインが。しばらく皆で他愛ない話をしつつ、馬車での旅は続いた。
◆
「……<アイスニードル>」
「――グアゥッ!」
道中、モンスターに襲われた。――というか、モンスターが馬車に襲い掛かろうとする素振りを見せた瞬間、レインが魔法で即座に撃退した。
レインが杖を振るうと氷の針が空中に幾つも現れ、モンスターに殺到する様は見事の一言に尽きた。
「今の、氷属性の魔法ですよね。それも無詠唱。レインさんは氷が得意なんですか?」
「……水と氷が得意。他の属性魔法も、少しなら扱える」
「多才にゃ」
「レインはうちの要だからな。一人で攻撃や回復、支援、何でもござれだ」
やはり三人だけでプラチナクラスになっているのは伊達ではないということか。頼もしい限りだ。
「今日はここで野営しようか」
暗くなってきた頃、開けた場所でエーリッヒがそう提案した。暗くなっての移動は危険が付き物だしな。皆にも異論は無い。
馬車から荷を出し、テントを設置する。また、近くに落ちている枯れ木などを拾って来て、火を起こした。そして、皆で食事を始める。
◆
「お肉を取って来たにゃ!」
「おお! でかした琥珀!」
いつの間にか琥珀は獣を狩りに行っていたようだ。ウサギ数羽を手に喜々として戻ってきた。ラルフも嬉し気に捌き始めている。
「助かるよ。暗くなると狩りも難しいからね」
「……ありがとう」
エーリッヒとレインも上機嫌だ。やはり、景気よく肉を食べたいからな。俺達も琥珀に感謝し、ラルフが調理してくれた肉料理を食べ始めた。
「う、うまい!」
「最高にゃ!!」
「わはは! 肉料理には、ちと自信があってな! うまいだろ!」
「……うん、美味しい」
ラルフが胸を張るのも納得の美味さだ。肉の旨味を活かすように、周りの食材とうまく調和させて味を引き立てている。スープもステーキも、どれも極上の一品だった。
「ラルフはこう見えて器用だからね」
「こう見えては余計だ!」
ラルフに小突かれるエーリッヒも楽しそうだ。やはり、人が増えると賑やかになっていいな。アレンも極上の料理に舌鼓を打ちつつ、何より皆の温かさに感謝するのだった。
夕食後は後片付けをし就寝した。火は起こしたまま、見張り役を交代交代しながらこなす。特に問題は起きなく、夜が更けていった。
◆
――翌朝――
「じゃあ、行こうか。今日の夜頃には森の入口まで着くと思うよ」
荷を回収し、皆が馬車に乗り込んだ。目指すは“セラーレの森”だ。今日一日進めば着くことだろう。またエーリッヒが手綱を握り、馬車を発進させた。
揺れる馬車の中、窓の外を見ていた稲姫が笑顔でアレンに振り返る。
「主様、楽しいでありんすね!」
「そうだな。賑やかで楽しいな」
アレンは稲姫に同感だと返した。すると――
「お? やっぱり俺らのギルドに入るか?」
「……うん、もう入るべき」
「もう半分入ってるような気もするけどね。――事が終わった後も、皆と一緒にいられたらと思うよ」
皆の笑い声を乗せ、馬車は進む。
――もう誰も失いたくない。そのために強くなる。アレンの決意は、より一層強く固まるのだった。




