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待ち合わせは電脳空間

作者: 大西洋子

わたしは待っている。待ち合わせの時間はまだ先だけど一時間も早くそこにいる。

「@mau-na.ll、遅くなってすまない」

「@ygdlsz*01、ぜんぜん~」

待っている間中、わたしはその人に教えてもらったことを思い出しながら、思う存分アバターを動かすことができたので上機嫌。

アバター。無数の0と1の羅列が赤緑青の組合せで彩り、三角、あるいは四角の面の集合体。ピンク色のうさぎに背中に翼。それが電脳空間でのあたしの身体。

電脳空間にいる間、わたしの本当の身体は、眠りの森の姫のように、あるいは白雪姫のように、死んだように眠ってしまう。

でも、電脳空間では、本当のわたしの身体と違って、立ったりジャンプしたり駆けっこしたり、とにかく自由自在に動く。

もっとも、このアバターを自分でデザインし、それを自由自在に動かせるようになるまで、かなり時間がかかったのだけれど。

@ygdlsz*01。青と白と銀で彩られた猫のアバター。わたしがパソコン操作中に電脳空間に迷い込んだときに出会い、素体のアバターとその動かし方を教えてくれた。いわば電脳空間の先生。

「@ygdlsz*01先生、今日は何をするのですか?」

遠足に出かけるような、ううん、それ以上のわくわくが心から溢れる。

一週間毎に電脳空間で@ygdlsz*01先生と待ち合わせる。思う存分楽しんだ後、次の一週間後まで、わたしはアバターを動かす練習を重ねる。

「@mau-na.ll、今日は植物園の電脳空間を歩いてみよう」

@yglsz*01に手を引かれて、わたしは電脳空間を歩く。すれ違うアバターは数えるほどしかいないうえ、お互いに挨拶を交わせるほど近くまで寄らない。

「時間にして十分ほどだけど」

電脳空間は広い。必ず@yglsz*01と待ち合わせ、一緒に行動しなくてはいけない。長時間電脳空間にいてはいけないと@yglsz*01は口を酸っぱくして言う。

でも、@yglsz*01は、わたしがどんな生活をしているのか知らない。わたしは中学生で、小学五年から寝たきりで、パソコンを通じて会話する。

電脳空間という限られた場所とはいえ、自在に動かせるアバターを得た今、電脳空間はわたしにとって世界そのもの。少しでもいられるようにと、模索し続けている。

「@mau-na.ll、アバターの操作が上手になってきたね。練習は引き続きパソコンでね。@yglsz*01との約束だよ」

@ygdlsz*01先生との待ち合わせよりも一時間も早く、電脳空間に来たことに気づいていない。それなのに、待ち合わせなしで電脳空間に来たり、退出して再び訪れた時は、どこともなく現れ、追い返すというのに。

「じゃあ、今日はここまで。十日後にまた」

そうして今日も@yglsz*01先生に見送られ、わたしは電脳空間を後にした。


@yglsz*01先生に会う日が待ち遠しい。そうしてその待ち合わせの時間が近づくと、少しでも早く電脳空間へ行きたい。焦る気持ちが顔に出ないように、一人きりの時間が早くこないかと、静かにその時を待つ。

「じゃあ、お休みなさい」

「はい」パソコン画面に現れた文字を見、看護師は部屋を出て行く。次の巡回は@yglsz*01先生と待ち合わせている三時間後。

看護師の足音が遠ざかった。わたしはパソコンを操作し、電脳空間に降りていく。

@yglsz*01先生はまだいないけれど、他のアバターがまた一つ、また一つと降り立ち、その場から動かない。

こんな時間にわたしと同じように電脳空間に来た人は、わたしと同じように思い通りに本当の体を動かせない人たちなのかも。

だって、数歩先に佇むアバターはみな、素早く動く動物や鳥や蝶の羽根をもっているのだもの。ほら、すぐそこにわたしのアバターにそっくりなアバターがいるわ。ちょっと声をかけてみよう。

でも、ほんの数歩先にいると思ったのに、歩いても歩いてもそのアバターに近づけない。それどころか、声をかけようとしたアバターは一目で@yglsz*01先生とは違うアバターとどこかへと去っていく。

……戻ろう。@yglsz*01先生と待ち合わせの場所に。わたしは辺りを見回してはたと気づく。今いる場所がどこなのか、まったくわからないことに。

どうしよう、どうしよう……

迷ったときは動いては駄目だとわかっているのに、わたしは電脳空間を走る。

──そうだ、一旦、電脳空間から離れよう。

その方法に気づき、意識を電脳空間から現実世界に戻そうとする。

ブチッ。綱引きの綱が引きちぎれるような音がし、波打つわたしの本当の鼓動が突如途切れた。

「@mau-na.ll、駄目じゃないか。約束を守らないから……」

青と白と銀で彩られた猫のアバター。そう@yglsz*01先生その人。

「今からキミは、電脳空間の住人になるしかないよ」

にたり。笑う口の中に、どす黒く渦巻く闇が見てとれた。





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