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キミカさま  作者: 九JACK
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 初めて、自分の街を出た。境界線なんてどこにも見当たらないのに、ここから自分の知らない外の世界だと思うと不安が溢れた。

 キミカさまの行方について、手がかりは何一つない。けれど、行方不明になってから三日以上経っているのだ。いくらあの方がひ弱でも、隣街にくらい辿り着いていて不思議はないのだ。元々、そう広くない街であったのだし。

 私がもうあの街を出ていると判断した根拠はもう一つある。それは未だに街の中で見つかっていない、ということ。先に述べた通り、そう広い街ではない。それに、キミカさまは身支度もせずに病室を飛び出した。当然、病衣のままだろう。その上あの神からの授かり物としか思えない金色の目。特徴のありすぎるあの方が、周辺での目撃情報がないのはとても不自然だった。譬、教団が行方不明の届け出を出していなかったとしても、キミカさまは目立つから、噂話の一つや二つ、あってもおかしくないのだ。

 故に、私はまず街を出て、情報を集めようと考えた。あの街の宗教はあの街だけのものだから、他の街では偶像崇拝……つまり、誰か一人を特別扱いして奉ることはない、と昔祖母から聞いた覚えがある。

 もしかしたら、崇拝されることが、あの方には耐えがたい苦痛だったのかもしれない。思えば、簡単に想像のつくことだった。何故、何十年もキミカさまだけ同じ病室にいたのか。隣にいた患者の中には私のように無事家に帰った者もいただろうが、キミカさまの隣で息を引き取った者の方が多数のはずだ。病院があるとはいえ、入院患者を完治させられるほど医療が発達しているわけではない。私が退院したときは家族で宴をしたほどだ。病院に入院するということは即ち死の約束であると一般的に思われていたのである。

 ……だからこそ、私は私の回復を、キミカさまがもたらした奇跡だと思っていた。信じていた。

 キミカさまは神様から目を授かったとされ、教団の信者はその恩恵を求め続けていた。何年も、何十年も。

 それは隣の者が死すたびに、キミカさまの枷となっていったのではないだろうか。キミカさまは自分に奇跡の力などないと、知って……

 だとしたら、キミカさまをあそこに縛りつけ、奉っていた私たちは悪魔だったのかもしれない。少なくとも、キミカさまにとって、快いものではなかっただろう。

 それに……教団があれだけ固執していたキミカさまを捜索せず、亡くなったことにする、という一種薄情にも見える行動を執ったことが気になる。

 隣街は隣というだけあって、あの街とそう雰囲気は変わらなかった。少し人気が少ないけれど……

 そう思っていると、小さな女の子がぶつかってきて、私はおっと、と肩を抱いて受け止めた。女の子が転んでしまわないように。

 肩に触れた私の手に女の子はびくんと震える。怖がらせてしまっただろうか、とゆっくり体を離すと、女の子の小さな腕の中には、私の財布が大事そうに抱えられていた。

 その女の子は服も貧相なもので、泥だらけで鼻の頭が赤く、頬を腫らしていた。とても豊かな環境で育ったとは思えない容姿だ。けれど、どんなに哀れでも、その腕の中の財布は私の財産である。稼ぐ宛てもないのに子どもにあげることはできない。

 私は怖がらせないように、優しく問いかけた。

「君は、財布を探していたの?」

 子どもは恐怖に顔をひきつらせるも、控えめに頷いた。私は柔らかくそのくしゃくしゃの髪を整えるように、女の子の頭を撫でた。キミカさまが病室の少女にしていたように。

「君もさがしものをしていたんだね。けれど、それは私のものなんだ。拾いものでもないから、君にあげることはできない」

 率直に事実を語って聞かせると、女の子は落胆したように顔を曇らせる。栗色の髪は櫛を通せば綺麗になって、翡翠の瞳は宝石のように美しいだろうに、憂鬱を纏った女の子は年相応の愛らしさを表に出しかねているようだった。

 小さな子を怖がらせないように、柔らかい言葉を選んで接しているが、私は決して能天気なわけではない。これは失敗してしまったスリだ。どうやらこの街は、お世辞にも治安がいいとは言えないらしい。こんな小さな女の子が、大人に蹴飛ばされるかもしれないリスクを犯してまで、盗みを働かなければならないだなんて。

 けれど、こんな小さな女の子を、しかも盗みは未遂で終わったのに、憲兵に突き出すことは私の良心がとても痛んでできなかった。かといって、この子の様子からするに、手ぶらで帰るのもあまりよくないだろう。おそらく何者かに暴力を振るわれている。

 一時的にでいい。この子にそういう恐怖を忘れさせたかった。穏便に済ませたいというのもある。

 ない知恵を絞って出たのは、稚拙な提案だった。

「とても奇遇だね。実は私もさがしものをしているところなんだ。君のさがしもののお手伝いをしよう」

 この子が、キミカさまへの手がかりになるとはこれっぽっちも思っていなかった。

 けれど、放っておけなかった。キミカさまがいずれ死ぬとわかっていた隣人を放っておけなかったのと同じだ。それに、袖振り合うも多生の縁、という。

「私のさがしものについて話そう。だから、君のさがしものについても教えてほしい」

 女の子の目に小さな灯火が灯ったのがわかった。それが希望という光であることを、私は知っていた。


 宿屋を教えてもらって、そこでゆっくり話すことにした。決して部屋は広くはないが、私は贅沢は主義ではないのでかまわなかった。何より、ベッドがあることを女の子が喜んでいるので、それ以上に嬉しいことはなかった。

 女の子は小鳥の囀りのような可憐な声をしていた。少し残念なことがあるとするなら、その美しい声に抑揚がないことだろう。それでも、ベッドの上に座って、表情は柔らかくなっていた。

「それで、私のさがしものの話をしてもいいかな?」

 女の子は小さく頷く。私はそれを確認して、ゆっくりと話し始めた。

「私は隣街でとある宗教の信徒をしていた。その宗教には崇拝しているお方がいた。その方がある日突然、いなくなってしまったんだ。私はその方を探している」

「宗教……かみさまを信じているの?」

 森色の目に疑いの色が宿った。仕方のないことだ。神というものは全知全能で、人々に平等を与える、というのが一般的な考え方だ。貧しい生い立ちの者は不平等を感じ、神様なんて信じなくなる。

 結局、誰にでも平和であるために神を信仰しなかったのが、私の元いた家だ。故に、キミカさまを信仰する教団に入っても、私は家での教えを戒めに、自惚れないようにしていた。

 だからこそ、私ははっきりと言える。

「私は神様を信じてはいないよ。私がお慕いしていたのは、いなくなったその方だけだ」

 女の子はほっとした表情を浮かべると同時、変わったものを見るような目でその年齢には見合わぬであろう皮肉っぽい笑みを浮かべた。

「変な人」

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