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タルトさん  作者: 一条めぐる
10/19(水)
6/6

本物のラブレター

 嘘、本当、嘘、本当。走る私の足音よりも早く、二つの単語が脳裏に響く。本当の反対は考えるまでもなく、嘘だ。

 私は惑わされていた。のあちゃんはどうして、わざわざ問い直したのだろうか。彼女の言葉を思い出すたび、自分の中でタルトさんは一体誰なのかと疑念が膨れ上がっていくようだった。無視しようと努めていたのに、痛いところを突かれたなと思う。

「どうでしたか」

 タルトさんは、相変わらず同じ位置で、じっと手帳を見つめていた。

「どうして私が来たってわかったの?」

 タルトさんは耳に指を当て、頭を傾けながら

「耳がいいので」

と、とぼけた声で言った。自分だけの時間を生きているような彼女の独特な仕草が、私の頭を落ち着かせてくれた。

 私は顔を伏せて、ゆっくりと深呼吸した。

「タルトさんはいましたか」

「いたよ」

 顔を上げ、間髪入れずに答えた。タルトさんはわずかに体を揺らす。それからいつも通り、しばらく間を置いてから口を開いた。

「そうですか」

「色々考えてみたんだけど、このラブレターは田中さんに渡したほうがいいと思う」

「そうですか」

 私は今まで、タルトさんが何者かなんてどうでもいいと思っていた。タルトさんが鬱々した気持ちを少しでも晴らしてくれるのなら、このラブレターが冗談だろうと、最後まで付き合おうと思っていた。

 でも、友人たちに心配され、疑われて、これ以上独りよがりな願望のために動きたくない。終わらせなきゃ、と思った。

「生徒会室に田中さんがいるかもしれないから、行ってみようか。ああ、さっきのあちゃんに聞いておけばよかったなあ」

 話題の逸らしかたがすこし白々しいかなと思ったけど、タルトさんは気にしていないようだった。ぼおっと、感情のない瞳でこちらをじいっと見ているだけだった。

「どうしたの?」

「いえ」

 タルトさんは手帳をしまい、私が歩くと、その後ろをついてくる。二人の足音が静かに、しかし確かに響いていた。もしタルトさんが現実にいないとしたら、こんな風に音が聞こえたりしないだろうなと思う。私の頭が、心が壊れていないのなら。

 

 生徒会室は一階にあるから、すぐに着いた。

「タルトさんは何年生なの?」

「困りましたね」

「手帳」

 私はタルトさんの懐あたりを指さした。

「はて」

「さっきしまった手帳に書いてないの? 自分のこととか」

「今はタルトさんのことは関係ありませんので、大丈夫ですよ。ラブレターを渡しに行くだけですよね。気にしないでください」

「私が気になるんだけど……」

 彼女は黙って、開けろとばかりにドアに目を向けていた。これ以上聞いても教えてもらえそうにない。諦めて、ドアをノックした。

「どうぞ」

 中から声がして、私は一言挨拶してドアを引いた。

「なにか御用ですか?」

 いくつか分厚い本を抱えた女の子が、すこし訝しげにこちらの様子を伺っていた。左髪だけすこし長くて、髪先にリボンを結んだ目のぱっちりとしたその容姿に見覚えがあった。私は後ろ手でドアを閉めて、わざとらしくスカートをちょっと払った。

 生徒会室は昔、応接室として使われていたのだとのあちゃんから聞いていた。向かい合うように置かれたソファーとローテーブルがあり、奥には会長用の机と椅子のワンセットが配置されていた。

「えっと、田中黄葉さんはいらっしゃいますか?」

 多分、ゆっくりと本を置いて向き直った彼女がそうだと思う。けれど念のため、確認を取ることにした。

「私です」

 予想どおり目のまえの子が、小さく返事をした。

真雪(まゆき)ちゃん、名簿整理の続きは任せました」

 彼女の後ろにいた女の子が頷いて、テーブルから本を持ち上げて運んでいく。田中さんは胸元のリボンを触りながら、恐る恐るとでもいうようにゆっくりとこちらを見た。

「あの、なにか……」

「もしかしたらのあちゃんから聞いてるかもしれないけど、田中さん宛ての手紙が、なぜか私に渡されちゃって。だから、代わりに持ってきました」

 ポケットから手紙を取り出して見せる。

「はあ、ありがとうございます」

「ねえねえ。それ、なに?」

 奥に座っていた生徒会長が楽しげに聞いてくる。見るからにはつらつとしていて、お節介好きそうな人だ。すこし前の生徒会選挙で名前ぐらい覚えている。確か、隣のクラスの朝比奈眞弓(あさひなまゆみ)さんだった、はずだ。

「うわっ、急に出てこないでくださいよ、もう。……ちなみに、誰からなんですか?」

「わかんない。読むのも失礼だと思って最後まで読んでないけど、どこかに書いてあるんじゃないかな」

 私は居心地が悪くなって、つい嘘をついた。

「わかりました。あの、ありがとうございます」

「読んだら私にも教えてほしいなー、ねえ、誰から? 誰から?」

 野次馬ばりに後ろから顔を出す朝比奈さんと、鬱陶しそうに顔をしかめる田中さんを微笑ましく思いながら、私は生徒会室のドアを開いた。外に出て、パタンと音がするまでぎゅっとドアの持ち手を掴み続けた。


「読んでましたよね」

 タルトさんが横から顔を出す。

「うわ、びっくりした」

 タルトさんは一緒に入らずに、外で待っていたらしかった。

「どうして一緒に入ってくれなかったの?」

「タルトさんは入る必要がありませんから。声は聞こえていましたよ。どうして嘘をついたんですか?」

 私は気まずさを隠すように、大きくかぶりを振って答えた。

「だって自分宛てのラブレターを誰かに読まれていたら、ちょっと恥ずかしくない? どうせ本当に読んだかはわからないんだから、嘘ついてもばれないよ」

「嘘はばれる、ばれないの問題ではないと思いますが」

「うるさいなあ」

 私はタルトさんを無視して昇降口へと向かった。これでいいはず。これで、タルトさんの代わりにラブレターを渡したから、もう何もおかしなことにならないはず。謎のラブレターはもう謎ではなくなった。渡るべきひとへ渡ったのだから、私は関わらなくていい。

 途中で足を止めて振り返る。タルトさんはずっと、生徒会室の方向を眺めていた。

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