第三話
前回さくねさん分が濃かったので、今回は大した話じゃないパートになります。(笑)
作 孤独堂
ボランティア部なんていうのは、単純に点数稼ぎだ。
大学に進学するにせよ就職するにせよ、部活の欄にボランティア部と書かれていれば、ポイントは高い。
無償の施し、社会貢献という言葉を大人たちはを好むからだ。
だから何もしないよりはマシかと入ったのがこの部だったのだが、現実は僕の予想を大きく裏切るものだった。
僕がこの部に入ろうと思った理由には少しだけ顧問の瀬川美冬先生が関係していた。
美人で無口なこの先生は、校内でも一部の男子に人気があり、僕もそのクールさに惹かれていた一人ではあったからだ。しかしまさかこと部活に関しては、これほどまでに真面目だとは考えも及ばなかった。
「高校時代死にたがっていた私を助けてくれた人がいるの」
部活の初の顔合わせで、開口一番こんな事を言われたのだ。
僕は直ぐに自分のゆるい計画が失敗した事を確信した。
そしてそれからはほぼ毎日の様に先生の車で連れ出される日々。
ウチの部活は男子が現在二年の僕と一年が一人、そして女子五人という構成。
先生の車には乗れても三人~四人、意外と力仕事も多い部活なので僕ら男子二名は必ず同行させられ、女子は順番に参加する事がいつの間にか暗黙の了解となっていた。
行き先はその都度バラバラで、近くの公園の草むしりから、少し離れた人手の足りない農家の家など、手伝う業種も様々だった。
そしてそんなある日、僕は忘れられない人に出会う。
黒咲 栞だ。
当時彼女が交通事故に遭ったという話はなんとなく僕の耳にも入って来ていたが、まさかこんな所で会う事になるとは、その時は欠片も思ってはいなかった。
ウチの高校からバスで五つ程離れた所の、丘の上に建つ施設群。
それは社会福祉法人の学校で、所謂先天性・後天性の障害を持つ人達が通う学校で、身体的以外にも、発達系などの障害の人も通っている。謂わばそういった人たちの総合施設であった。
そして僕ら各高校のボランティア部は毎年この施設との親睦を深める為に、年に一度、大掛かりな親睦会を開いていた。
そこで彼女と会ったのだ。
施設内のホールで向き合う施設側の生徒達と僕達。
彼女は直ぐに僕の存在に気が付いたのだろう。
車椅子をゆっくりと後退りさせては、人の群れに自分の姿を隠す様にすると、視線が合わないようにか俯き加減こちらから目をそらした。
しかし結果的にはその一連の動きが、かえって彼女の存在を僕に知らしめる事となる。
そもそもが、僕にとって印象的な出来事に彼女の存在が加わっているのだ。一瞬で見分けて彼女を認識する事は容易いことだ。
それもあの顔は、忘れようにも忘れられない。
地べたに擦り付けられた僕の顔から、見上げると天上に見えた笑顔。
それは当時憧れ恋焦がれながらも決して届かないと諦めては、僕に捻くれた考えを抱かせた顔。
だから今僕の中であの頃の中学の思い出が体中にふつふつと充満して来ると、その後には続いて後悔の念だけが大きく残る。
更に最後に残るのはあの時にかけられ続けた彼女の優しい声。
『大丈夫?』
それはあの時応える事が出来なかった言葉。
そしてもしかしたら当時、彼女が優しかったのは僕に好意があったからかも知れないという密かな考え。
(今なら僕は、彼女に優しく出来る。しかも今回は、僕らの事を誰も知らない筈だ。何の弊害もない。だからあの頃、君が僕に優しかった様に…)
そう思うと僕の胸は高鳴った。
きっと彼女は県立や私立の普通の高校にも行けただろう。
事故で障害を負ったという話は聞いていたが、見たところ車椅子ならば通える高校だって今は幾らでもあるはずだ。
しかし彼女はそれをしなかった。
つまりは多分、人前にその姿を見せたくはなかったのだろう。
突然の事故は先天性とは違ってきっと、人生の変更を余儀なくされた苦しみや悲しみがいつまでも尾を引く筈だ。きっとそれは死んでしまいたいと感じる程の苦痛だろう。
僕がそれを自分の身に置き換えただけでもその辛さは幾らかは想像出来る。
そんなだから当事者の黒咲さんの苦しみは更にもっと凄まじいものの筈だ。
そして僕はこれを、運命と感じてしまった。
当時のクラスメイトが誰もいない場所で、車椅子の彼女と、ボランティア活動をしている僕。
これを運命と言わず何と言おうか?
(君があの時優しかったから)
だから僕は交流を含めた雑談の時間になると、一歩、また一歩と彼女の方へと歩を進めた。
目の前の幾つかあるテーブルと彼女と同じ様な車椅子を避けながら、人混みを掻い潜り、そして一番奥、殆ど壁一杯まで退がっていた彼女へと辿り着く。
(怖がらなくていいんだよ)
まるで怯えている様にも見える彼女に僕は心の中でそう呟くと、さてなんて声をかけようかと考えた。
表情はきっとあの時の彼女の様に笑顔な方がいい。
「久しぶり、黒咲栞さんだよね? あの、大丈夫?」
僕はあの時の彼女と同じ表情で、同じ言葉を発した。
それはあの時君が僕に優しかったからで、今度は僕が優しくする番だと思ったからだ。
しかし彼女は恥ずかしいのか、それともやはり知人に会うのが嫌だったのか。
下唇を噛み、相変わらず下を向いていた。
これが僕と彼女の再開の一幕。
つづく
いつも読んで頂き、有難うございます!