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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
86/100

086『駅前散歩・1』

漆黒のブリュンヒルデQ 


086『駅前散歩・1』   




 バサ



 足元で音がして、なんだろうと目をやると、羽ばたき損ねた鳥のような格好で文庫本が落ちている。


 そうか、文庫を読んでいるうちに寝てしまったんだ。


 文庫を拾おうとすると、窓の外に車の音。


 停車音よりも、ドアの開け閉めの音で宅配便だと見当がつく。


 うちに来た宅配なら出なくちゃならない。祖母は出かけているし、祖父は玉代にマッサージしてもらっている最中だろう。


 窓から覗くと、宅配はお向かいのようだ。


 おばちゃんか、娘として居ついているねね子が出てくるかと思ったら。



 え、啓介?



 啓介は、絶賛引きこもり中だ。宅配の受け取りなんかに出てくるかぁ……いや、荷物は、啓介自身がMamazonかどこかに注文した、自分の荷物だ。


 プライム会員になったとか自慢していたから、たぶん、夕べの内にポチったのが届いたんだろう。


 うちの草むしりをしに来た時に冷やかしてやったことがある。


「夜にポチるのは止めとけ、朝になったら、たいてい後悔するぞ」


 おばちゃんが、グチっていたからだ――ちっとも外に出ないで、変なものばかりネットで買って――


 意見半分で冷やかしてやろうと思いついた。


 セイ


 啓介の部屋にジャンプ。


 一応カギはかかっているが、歴戦の戦乙女の手にかかれば無いも同然だ。


 着地した一秒後に啓介が引き戸を開ける。


「ゲ、また勝手に入って来やがって!」


「何を買った……」


 聞くまでもなく、半分開いた段ボール箱からは、フィギュアのパッケージが覗いている。


「う、うっせえ!」


 質問にも答えずに、バリバリ開けたパッケージからは1/12スケールの多関節フィギュアが出てきた。


「いいのか、そんな乱暴に開けて」


「中古だからいいんだ」


「ああ……」


 ちょっと哀れをもよおした。


 ほとんど引きこもりの啓介はたいしたお金を持っていない。


 お情けで、おばさんからもらう小遣いの他は、ごく稀にいくバイトの収入だけだ。


 見ると、不評で一期ワンクールだけの不発に終わったアニメのヒロインだ。


 できは悪くはないんだが、見込んだほどには人気が出なかったので、放映の後半では値崩れしたプライズ品だ。


 見渡すと、部屋の本箱や棚の隙間に、その手のフィギュアが徒列している。


 まあ、ほどよく構ってやるのが、幼なじみ(という設定)の仁義だろうと、しばらく組み立てるのを見ていてやる。



 ガラ



 遠慮なく入ってきたのは、妹という設定で住み着いている猫又のねね子だ。


「おう、ひるで来てたのか。啓介、また下らねえもの買ったにゃあ」


 今度は返事もしない啓介。


「ねね子、ちょっと駅前まで行くんだけど、付いてこないか?」


「いくいく、行くニャ!」


 啓介も……と思わないでもなかったが、まあ、無理はしない。



 お!?



 ちょっと意外だ。


 きっと姿をくらましているだろうと思っていたクロノスの時計店が見えてきたのだ。


「ヘヘ、どんな顔してるのかニャ?」


「おい、よせ」


 制止も聞かずに飛び出すねね子。


「あれえ?」


 店の前で、ねね子が首をかしげている。


「あ……」


 ねね子に追いついて驚いた。


 筋向いのみそな銀行のところまで来ると、時計店が消えてしまうのだ。


「……ちょっと外れると見えるニャ!」


「そうなのか?」


 ねね子にならって移動すると見えてくる。で、店の前まで来ると、消えてしまって、両隣の店舗がくっ付いて、元からクロノスの店など無かったように見えるのだ。


「そうか……そっとしておこう」


「いいのかニャ?」


「いくぞ」


「お、おおニャ」


 偉そうにしていても、そうそう行き場所もないんだ。


 まあ、あとは白絹屋の女将さんとうまくやってもらおう。


「こうやって気にかけてやるヒルデは、可愛いと思うニャ(^_^;)」


「よ、よせ、ついでだ。ことのついでに見に来ただけだ」


「ニャ? ほかに行くとこあったニャ?」


「行くぞ」


「ニャ!」



 あてがあるわけじゃない、豪徳寺の街を、ただ散歩する。



 しばらく、豪徳寺の生活道路を呑気に散歩する。


 もうちょっとで公園というところで、気配を感じた。


 夕立が迫っているのに似ている。空気が湿っているのにもかかわらず、さっと気温が下がってきたのだ。


「ヒゲがピリピリするニャ……」


 いつの間にか、鼻の横からヒゲを出している。


「面倒は避けたい、帰るぞ」


「ニャ」


 揃って回れ右をしようとしたら、視界の端をチマチマと走る者が見えた。



 タタタタタタタタ タタタタタタタタ タタタタタタタタ



 幾百のフィギュアたち、啓介が買ったのと同じ1/12サイズのフィギュアたちが、前に後ろに、はたまた横から横へと走り回っていたのだった。




☆彡 主な登場人物


武笠ひるで(高校二年生)      こっちの世界のブリュンヒルデ

福田芳子(高校一年生)       ひるでの後輩 生徒会役員

福田るり子             福田芳子の妹

小栗結衣(高校二年生)       ひるでの同輩 生徒会長

猫田ねね子             怪しい白猫の猫又 54回から啓介の妹門脇寧々子として向かいに住みつく

門脇 啓介             引きこもりの幼なじみ

おきながさん            気長足姫おきながたらしひめ 世田谷八幡の神さま

スクネ老人             武内宿禰 気長足姫のじい

玉代(玉依姫)           ひるでの従姉として54回から同居することになった鹿児島荒田神社の神さま

お祖父ちゃん  

お祖母ちゃん            武笠民子

レイア(ニンフ)          ブリュンヒルデの侍女

主神オーディン           ブァルハラに住むブリュンヒルデの父

 


 

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