082『利根川沿いを進む』
漆黒のブリュンヒルデ
082『利根川沿いを進む』
人やモノが存在するのは、煎じ詰めれば人が『それが存在する』と認識しているからだろう。
認識されないのは存在しないことと同じだ。
わたしが令和の日本に飛ばされたのも、きっとそう言うことなんだろう。
主神オーディンの娘にしてヴァルキリアの主将! 堕天使の宿命を背負いし漆黒の姫騎士!
我が名はブリュンヒルデなるぞ!
大層な名乗りをあげても、わたしがブリュンヒルデと認められるのは、つまり、そう言うことなんだ。
この令和の時代は、ゲームやラノベ、アニメのお蔭で北欧神話の神々は日本でも知られるようになった。
スマホで神々を検索すると、ことごとく萌えキャラの姿に還元されて、ご本家の北欧の人々はブッタマゲているという。
検索した我が真名の下にはモンストやバーサーカーやシグルド、アトリ、ポニョという属性が付いているが、そのことごとくがブリュンヒルデなのだ。
それが、ダイダラボッチはモースが大森貝塚を発見して以来、存在感が薄い。
クロノスも同様で、息子のゼウスとポセイドンの方が名が高く、豪徳寺あたりで時計店を営んでいるしかないのだろう。
それを思えば不憫を感じないわけでもない。
利根川に沿って歩み進んで左岸に渡る橋に差し掛かる。
橋の向こうで商家の手代のようなナリをした小男が慇懃に頭を下げているのに気が付いた。
「武笠のお嬢様でいらっしゃいますね」
こちらの名前で呼ばれたので、ちょっと面食らう。
「あ、はい」
「主人の命によりお待ち申しておりました。まずは、あの俥にお乗りくださいまし」
手代の指し示す方角を見ると一両の人力車がうずくもっている。
「じゃ、俥屋さん、あとは頼みましたよ」
「へい」
主人とは誰の事かと聞こうとしたが、手代と俥屋のやり取りに気を削がれ、そのまま俥上の人になってしまった。
慇懃に頭を下げる手代の姿が小さくなっていき、俥は林の向こうに見えてきた街を目指していると見当がついた。
「俥屋さん、あの街は?」
「へい、前橋の街でございます」
「前橋?」
前橋と言えば群馬県の首邑だ。それにしては時代劇めいて、瓦屋根が目立ってはいないか?
「そうだ、お飲み物を用意いたしておりました……これをどうぞ」
俥屋は、俥の脇からグラスに入った葡萄酒のようなものを出してきた。
「これは?」
「旅の疲れが取れます、グッとやってください」
「あ、ありがとう…………あら、おいしい」
「そうでございましょ、ミキ〇ルーンでございますから」
「そう言えば、俥屋さん、中井貴一に似てる」
「いいえ、似てません」
「だって……」
あとの言葉を継ごうと思ったら、急速に眠くなってきてしまった。




