066『大出井老人と出会う』
漆黒のブリュンヒルデ
066『大出井老人と出会う』
正直言って手が回らない。
何がって?
ウィルスよ、琥珀浄瓶の奴が日本に残した置き土産。
自分の家に関わるものはアスクレピオスのお札で封じたけど、お祖母ちゃんのマイバッグ。そう、日本中の婆さんたちがエコだと信じて懐に忍ばせている怪しげなやつ。市販のもあるけど、年寄りは変に器用だったりして手製のマイバッグというのが流行ってる。
お祖母ちゃんはレザークラフトとかが得意で、マイバッグなんてササッと作れてしまって「武笠さん、すてき!」なんて言われるものだから、しこたま作ってあちこちに配ってしまった。それに琥珀浄瓶の置き土産たちが憑りついて東京中に広まってしまった。
今日も新宿まで出張って、お祖母ちゃんがまき散らしたウィルス共を退治しての帰り道。
「見て、家ん方角に怪しげな気が満ちちょっ」
改札を出たところで玉代が立ち止まった。
「え?」
玉代の視線を追うと、切れ切れに怪しげな気が立ち上っている。マーブル模様というかパッチワークというか、複数の気が混じり合って正体が分からなくなっている。
「ちょっと急ごう」
「うん」
角を曲がったら家が見えるというところでねね子に出会った。
「ねね子」
「あ、紹介するニャ」
ねね子は遅れて付いてきた老人を示した。
「大出井のお爺ちゃんニャ、武笠のお爺ちゃんお婆ちゃんのお知り合いで、ちょっとお散歩に出たいとおっしゃるのでお供してるニャ」
「は、はあ。武笠の孫です、こちらは親類の玉代……」
不得要領に挨拶、老人は尋常でないオーラをまとっている。玉代も、それが分かっているのだろう、ペコリと頭を下げてただけで、ボーっとしている。
どうも人間ではない感じなんだけれど、悪意や害意は感じない。
いったい何者?
「大出井です、いやあ、元気でやっているようで、取りあえずは安心」
「えと、わたしのことご存知なんですか?」
「そりゃあ、わしは……いや、それよりも家が大変なことになりそうで。わしは、こちらの世界では力が振えんので、散歩と言って出てきたんじゃ」
「お爺ちゃん、何ものニャ?」
ねね子の質問には応えずに老人は続けた。
「それは後じゃ、とりあえず平気な顔で家に帰りなさい。アイスを食べることになるだろが、わたしが持っていったほうのがクーラーボックスに入っている。そっちにしなさい。クーラーボックス以外のアイスを食べてはならない」
「あ、ああ」
「時間をかけては怪しまれる、自然な感じで帰りなさい。わしは、怪しまれぬよう一回りしてから戻るから。さ、ねね子ちゃん」
「う、うんニャ!」
豪徳寺の方へ行くねね子と老人を見送って、玉代と二人家に向かった……。




