062『アスクレーピオス・1』
漆黒のブリュンヒルデ
062『アスクレーピオス・1』
どうかした?
置きっぱなしされたバッグを見てため息をつく玉代。
バッグは祖母のもので、ご近所の友だちから電話があって、いそいそと出かけて、バッグが取り残されているのだ。
いわゆるマイバッグという奴で、祖母のお手製、お友だちにも評判がいいようで「武笠さん、すてき!」と褒められるものだから、作っては、あちこちに配っている。
玉代もわたしももらっている。
「傘に武漢ウイルスが付いちょっ」
「え!?」
「人に貸したのが返ってきたみてなんじゃばっ、あちこちに付いちょって、バッグん中にも広がっちょっ」
「あ……なるほど」
わたしは意識して見ないと見えないが、玉代は普通に見えるみたいだ。
「二日もあればウィルスは死滅すっどん、中んもんを触ったりしたや伝染っ」
「除菌すればいいじゃない」
目力除菌、姫騎士や神さまならば容易いことだ。
「昨日もやったんじゃ、もう、あちこちに広まっちょっごたって、ちょっとキリが無か感じ」
東京は連日、新規感染者が百人を超えている。テレビでは第二波の感染ピークがやってくるとか言っている。
武漢ウイルスは琥珀浄瓶の置き土産だ。
本体はオキナガさんと艱難辛苦の末に倒したが、眷属である武漢ウイルスは再び猛威を振るいつつある。
「レジ袋が有料になって増えちょっ」
「そうなのか?」
「エコバッグは洗わんしが半分以上なんじゃ、洗うしでも週に一回とかで、意外に汚染されちょっと。お祖おっかんごつ、ち他ん物を入るっしもおっしね」
「この辺りは年寄りも多いし、ちょっと手を打ったほうがいいなあ」
「じゃっどん、どうすっ? わたしは身ん回りん除菌ぐれしかできんじゃ」
「ちょっと調べてみる……」
めったに使わない携帯端末を取り出す。
「ごっつかスマホ!?」
「ヴァルキリアの主将として戦う時に使うものだ。部下たちは『ヒル電話』と呼んでいた」
「昼にしか使えんの?」
「あ……そういう意味では無くて、ヒルデの電話ということらしい」
「ああ、なんか部下んしたちん愛情を感ずっど」
「ヒポクラテスじゃなくて……ナイチンゲールじゃなくて……こいつだ」
「あ、こん杖見覚えがあっ」
「え、そうなのか?」
杖は、そいつの看板みたいなものなのだが、あまり人には知られてはいないはずだ。まして日本の神さまである玉代が知っているとは……あ!?
思い出した、いや、思い当たった。
「「WHOのマーク!」」
WHOと言えば、あのテドロス。
「でじょうぶ?」
「あ、いや、テドロスとは無関係だ。名前もアスクレーピオスって言うしな」
そう、名前こそは違うのだが、見てくれは……まあ、次回と言うことで。