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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
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061『永津彦の訪い』


漆黒のブリュンヒルデ


061『永津彦の訪い』 




 ピンポ~~ン


 ドアホンに反応しようとしたら、一呼吸早く玉代が出てくれた。



 祖父母共に出かけているので、玉代と二人の日曜日だ。


 この一週間、延べ五百匹ほどのカエルに名前を付けてやった。


 ゲコ○号とかケロ○号とか、いい加減なものがほとんどだが、カエルたちは喜んで、瞬間だけ出現する側溝に飛び込んで消えていく。


 ゲコとかケロの〇号なんだが、名付ける瞬間は、大げさに言うと緊張する。


 瞬間、頭の中には数千の名前がフラッシュするんだが「これだ!」と強く輝くのがゲコとかケロの○号なのだ。


 だから、七日目の今日はくたびれて、リビングのソファーで横になっているのだ。



永津彦ながつひこちゅう老人がお礼を述べに来ちょらるっど」



 玉代がドアから半身をのぞかせて言う。


「永津彦?」


「人じゃなかが、礼儀は心得ちょっごたる」


「分かった、お通ししてくれ」


 ニュアンスから和風の方がいいと判断して、リビングを十二畳の和室に変え、女子高生の正装であるセーラー服に変えて待った。


「お初に御目にかかります、わたくしは世田谷の蛙の長を務めております永津彦と申します」


 老人は慇懃に小笠原式礼法に則った挨拶をする。出で立ちも、地味目ではあるが先代平の袴に小倉の羽織だ。


「蛙の長殿が、どのようなことで礼を言われるのですか?」


「成仏できない蛙たちに名前を付けていただきました」


 恐縮だ、その瞬間は迷ったとは言えゲコ〇号という符丁のような名前しか付けていないのだから。


「それでよかったのでございます」


「粗茶でごわす……」


 玉代も正装のセーラー服に着替えお茶を出してくれる。


 玉代に一礼して、永津彦は続けた。


「あの者たちは、すぐる大戦で子どもたちの遊び相手になっていた者たちでございます。もとより蛙たちに名前などはございません。名前など付けられぬままに一生を終えます。子どもたちは、学校に通うこともままならない時に、蛙たちに名前を付けて、日がな一日遊んでおったのです。子どもたちの多くは戦災や戦後の混乱の中で命を落として行ってしまいました。わたしども世田谷の蛙よりも儚い人生であります」


「そうだったのか」


「子どもたちは、そのまま長ずれば人の親となって自分の子どもに名前を付けたことでございましょう。それゆえ、蛙たちに付けられた名前は貴重なものでございました……」


 永津彦は、わたしが、この世界で妖たちに名前を付け続けていることを知っている様子だ。


 しかし、深く立ちいることはせずに、子どもたちが、いかに蛙たちと遊んだかと言うことを楽しく語ってくれた。


「鳥獣戯画という絵巻がございましょう」


「ああ、獣たちが楽し気に人の真似をしている絵巻物だな」


「あの中に、蛙が相撲をとっているものがございます」


「ああ、兎どんが行司をしちょっ」


「あれは、蛙が子どもたちと相撲をとっている図なのでございます。興が高まりますと、蛙は人に、人は蛙に変じて共に遊んだものでございます……」


 永津彦は、子どもと蛙たちがいかに楽しく遊んだかということを話しを重ねて帰って行った。


 帰り際に、これからも、蛙にとどまらずお世話になるがよろしくと頭を下げた。



 永津彦を見送って見上げた空は、そろそろ梅雨明け近い文月の空であった。




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