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漆黒のブリュンヒルデ  作者: 大橋むつお
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047『近江八幡 大当たりの文化祭』


漆黒のブリュンヒルデ


047『近江八幡 大当たりの文化祭』    






 ねね子、こんどの八幡はどこだ?


 ちょ、ちょっと待ってニャ……えと、琵琶湖の東、近江八幡みたいニャ……ちょ、待ってニャー(^_^;)




 ……風俗やからアカンてさ。



 職員室から帰ってきた加奈子は、教室の入り口に立ったまま悄然と言った。


 言っただけじゃなくて、そのまま廊下を走って、姿を消してしまった。


 教室で飾りつけのあれこれや準備をしていた手が停まってしまう。


「ちょっと見てくる。ぜったい無駄になんかしないから、みんなは作業の続きしといて、いいわね!」


 教室も放っておけないけど、加奈子はもっと放っておけない。


 転校して三週間ほどにしかならないのに、エラソーに言ってしまう。


 こういう場合は、だれかがアグレッシブに行動しなきゃ全部がダメになる。


 教室を出ると直ぐに階段だ。上に行ったか下に降りたか?


「ね、どっち行った?」


 机を運んでいる子に聞く、急いているから詰問口調。


 その子は怯えたような顔になって、人差し指で上を指す。


 また嫌われたかな……湖東の街は『商人の街』と云われて、みんな物言いが柔らかい。そこにむき出しの東京弁、それも下町言葉では親しみは持たれない。でも、そんなことを言ってる場合じゃない。


 クラスの文化祭がダメになるだけじゃなくて、加奈子は再起不能になるだろう。



 教室で喫茶店をやることになったのは、転校してきた次の日のホームルームだ。



 コンセプトは『街の活性化に貢献!』という真っ当だが漠然としすぎたものになった。


 大丈夫かと思ったけど、まだ二日目、空気を読んで控え目に賛成しておいた。


「ねえ、東京の喫茶店てどんなんやのん?」


 加奈子に聞かれて、アキバで流行り始めているメイド喫茶の話をした。


 それ、ええやんか!


 みんな食いついてきた。


 駅前の書店や図書館の資料を漁った。図書館の資料は古すぎて戦前の『カフエ』の女給さんしか出てこない。雑誌の幾つかの特集が役に立った。


「これがええわ!」


 フリフリのメイド服がみんなの目に留まった。ミニスカートなんだけど、ペチコートでフワフワにして、ドロワーズを穿く。普段は大人しそうな子たちなんで、いざ化けるとなると過激な方に針が振れるみたいだ。


 メイド服は、基本的にワンピースなので、裁断も縫製も楽だ。その上、文化委員の宇野君ちが仕立屋さんなので「オレ縫えるかも……」と名乗り出て、試作品を二着作って、みんなから大絶賛された。


 そして、その試作品と店内飾りつけのプランを持って加奈子が職員室に行ったところだったのだ。



「……加奈子」



 階段室の所から、そっと声をかける。こういう時、焦った声や大声は禁物だ。


 加奈子はフエンスの金網を掴んで琵琶湖を見ているふりをしている。このまま教室に戻ったら泣き出しそうなので、落ち着こうとしている様子だ。


「琵琶湖の照り返しって、なんだか目に染みるね」


 眩しいふりをして、横に並んで金網に掴まる。加奈子は唇を噛んでいる、噛み殺しきれない涙が頬を伝っている。もとは、わたしが言いだしたメイド喫茶だ、責任を感じる。


「なんとかなるよ」


「どないもならへんわ、いかがわしい風俗は認められへんて、取り付く島もないねんもん」


「そんなことないよ、五分で考えろって言われたら無理だけど、この景色見てたら夕暮れまでには解決するよ」


「そんなん……」


「えと……ねえ、越してきて間がないからさ、ここから見える街のこと教えてよ。あたし、駅と学校と自分ちしか分からないから。あたしんちは、あっちの方かな?」


「為心町やったら、こっちのほう」


「え、そなんだ」


「八幡山見えてたら分かるでしょ」


「まだ、馴染んでないからね……剃りこみ入ってるんだね、八幡山」


「あれはロープウェイがあるから」


「え、ロープウェイあるんだ、乗ってみたい!」


「展望台があるだけのしょーもないとこ」


「んなことないよ、登りながらゆっくり景色を楽しむってだけでお値打ちだよ。麓のお寺は?」


「お寺? ああ、神社やよ、日牟禮八幡宮」


「ああ、あれがあるから近江八幡て言うんだ」


「どやろ、学校のねきにあるのんも八幡神社やし」


「あっちの学校は?」


「近江兄弟社学園」


「きょうだいってブラザーの?」


「うん、メンソレータムの会社作ったヴォーリーズいうアメリカ人が作らはった」


「え、メンソレータムって、あのメンタムの?」


「メンタム?」


「あ、東京じゃつづめて言ってた」


「オシャレやねんね、東京は……あ、皮肉に聞こえたらごめんね」


「あ、ううん……」


「この校舎もヴォーリーズの設計やったりするねんよ」


「え、そうなんだ!」


「今はロート製薬に買収されてしもたけどね」


「学校が?」


「プ、メンソレータム」


「アハハ、そうだよね、ここ公立だもんね」


「なんか、思い浮かんだ?」


「なに?」


「対策」


「あ……もうちょっと」


「手ぇ荒れてるねえ、加藤さん」


「あ、恥ずかしい」


「これ、塗っとき」


 加奈子が出したのはメンタムのカンカンだ。      


 ありがたくメンタムを刷り込んで……閃いた!


「ね、これでいこうよ!」


「え、な、なに!?」


 わたしはメンタムのカンカンをグイっと突き出した!



 エプロンを工夫して、画用紙のナースキャップを被って、青十字の腕章を巻いて、メンソレータムのイメージキャラクターのリトルナースに化ける。


 ほとんどメイド服のまんまなんだけど、先生たちはグウの音も出なかった。


 こうして『メンタム喫茶』は文化祭の企画大賞をとって大当たりした。



 ね、ねね子はどこに居たんだ?


「あ、ここニャ、大事な役をやっていたニャ(^▽^)/」


 ねね子はメンタムの蓋のリトルナースになっていたぞ。




 

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